最愛のひとり息子を無惨な形で殺されたシングルマザーの主人公。だが、彼女は泣き寝入りすることをしなかった。変わり果てた息子の姿を世間にさらすことで、静かに、しかしパワフルに、人種差別に抗議をしたのだ。
アメリカ南部出身だからこそ、責任を感じながら自信もあった
1955年、公民権運動を前進させたひとりの母、メイミー・ティルを描く『ティル』の主演に抜擢されたのは、ダニエル・デッドワイラー。それまで決して知名度が高くはなかった彼女だが、この役で数々の賞にノミネートされ、大注目された。
「私は、アメリカ南部ジョージア州の出身。公民権運動の歴史が根強い場所に育ったので、この悲劇についても小学生の時から知っていました。教会で出会った多くの女性たちは、みんなメイミーの影響を受けていた。そして私はそれらの女性たちから影響を受けてきたの。私の中には、そのDNAがあるのよ。メイミーを演じることにはもちろん大きな責任を感じたけれど、同時に自信もあった」
モデル本人が生きているうちに完成させたかった
この映画が実現するまでには、長い時間がかかっている。エメット・ティル殺害事件についてのドキュメンタリーを製作し、この事件を再捜査に導いたキース・ボーチャンプは、メイミーが生きているうちにこの映画を完成させたいと、ずっと努力を続けてきた。
残念なことにメイミーはその前に亡くなってしまったが、誰よりもメイミーを知る彼がプロデューサーと共同脚本家を務めたこの映画には、真実がたっぷり詰まっている。
「キースはメイミーと時間を過ごす中で、多くのことを知っていったの。エメットについてなり、あの時代についてなり、彼がそれまで知らなかったことを。そしてキースはそれを私たちに教えてくれた。メイミーは母性愛に満ちた、誰に対しても優しい人だったのよ。この役に入っていく上で、キースの話はとても貴重だったわ」
自分だけではなく、黒人コミュニティのために
メイミーについてより深く学んでいくうちに、デッドワイラーの彼女に対する尊敬は、ますます強まっていった。
「彼女は悲しみの真っ只中にいた。あの時の彼女は、アクティビストとして声を上げようと思ったわけではない。だけど、南部では公民権運動が起きようとしていたところで、彼女が裁判に出てきてあんな状況を乗り越えたことは、そこに住む黒人たちに大きな意味をもたらしたの。『あの事件の話ならもう知っている』という人もいるかもしれないけれど、その奥にあるヒューマニティについては知らないのではないかしら。メイミーは、自分だけでなく、コミュニティのために大きなことをやったのよ」