マンガでは描かれたことがない「目玉おやじ」の過去
また、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』におけるエポックとしては、鬼太郎の父親の姿が描かれた点が挙げられる。鬼太郎の父、すなわち「目玉おやじ」だ。
これまで『鬼太郎』シリーズに登場する鬼太郎の父といえば、幽霊族の妖怪であり、不治の病を患い、全身に包帯を巻いたミイラ男のような姿で描かれてきた。その父が病死後、子を案じるあまりに自身の魂を遺体の左目に宿らせ、眼球に手足の生えた姿となったのが「目玉おやじ」である。
不治の病に罹患する前の姿は、TVアニメシリーズ『ゲゲゲの鬼太郎(第6期)』の第14話「まくら返しと幻の夢」に登場しただけであり、水木しげるのマンガでは描かれたことがない。
さて、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』に登場する鬼太郎の父=ゲゲ郎は、鬼太郎に似た銀髪の8頭身の人間型妖怪である。『鬼太郎』シリーズには、普遍性のある「親子の関係性」が通底しているが、ゲゲ郎と鬼太郎の似姿は、とりわけ「父と子の物語」としての側面をクローズアップする。
じつは父と子の関係性にフォーカスしたのは、水木のオリジナリティだ。
大元の紙芝居『ハカバキタロー』は、民話「子育て幽霊」を下敷きとしている。「子育て幽霊」とは、埋葬された女の亡骸が墓の中で子を産み落とし、我が子を育てるために幽霊になってまで飴屋に飴を買いに来る、という話だ。
日本各地に伝承が残り、「幽霊飴」という演目で落語にもなっている。のち飴屋の親父が子を引き取って育てるのだが、『ハカバキタロー』の脚本家である伊藤正美はこの民話を脚色し、墓の中で女の亡骸を食って育った子が、母を殺した姑に復讐に来るという怪談話に仕立て上げた。
このように「子育て幽霊」も『ハカバキタロー』も、「母と子」の関係性に根ざしたストーリーだった。ところが、水木しげるは「墓で生まれた子」「母親が幽霊」という設定を引き継ぎつつも、「母と子」から「父と子」へと翻案している。