2つの事例を見る限り、虐待の原因は介護以前の家庭環境にあるように感じるのは私だけではないだろう。障害、精神疾患、依存症などいろんなことが原因になって、昔から親子関係がこじれていた。そこに介護問題が加わったことで虐待につながったという印象だ。このことは施設長の小田代氏も同意する。彼は次のように語る。
「高齢者虐待は、加害者だけが悪いわけじゃない」
「高齢者虐待は、加害者だけが悪いわけじゃないんです。被害者が長年にわたって、病気や障害や依存症などで散々迷惑をかけたため、家族関係がものすごく複雑になっていることが大半なのです。子供たちもなんとかそれに耐えてきたものの、親が年を取って力関係がひっくり返ったり、介護などの負担がかかったりすることが引き金になって高齢者虐待が起こる。
つまり、介護負担が増えたというだけで虐待が起こることは稀まれで、それまでの何十年にわたる家庭のトラブルが根底にあるのです。そうしてみると、高齢者虐待が起きないようにするには、若い時から家族関係を良好に保っておく必要があるといえるでしょう」
このような話を聞くと、親子関係を良好に保つことが老後の生活にまで大きな影響を及ぼすことがわかる。親が年を取れば、どこかで子供と力関係が逆転するし、誰かの世話にならなければならなくなる。その時に望むような生活ができるかどうかは、その人がどれだけ家族と丁寧に接してきたかにかかっているのだ。
ちなみに、寿水荘は定員77人で運営している。高齢者虐待の被害者はこのうちの一部だが、家族や親戚が定期的に面会に来るのは5人ほどだそうだ。それだけ、物理的にも、精神的にも、家族とのつながりが途切れている高齢者が多いということなのだろう。
小田代氏はつづける。
「養護老人ホームには、様々な事情から家庭で暮らせなくなった高齢者を受け入れるという役割があります。そういう意味では、家族と疎遠な高齢者が比較的多いのは仕方のないことです。ただしそれとは逆に、養護老人ホームに入ることで、家族の負担が大幅に軽減されて、親子関係が改善することがあります。それまでは仲違いしていたのに、子供の心に余裕ができたことで、誕生日に連絡をしてきたり、面会に来たりするようになる。それは私たち職員にとっても喜ばしいことです」
入所者すべての親子関係が改善されるわけではないが、職員としては一件でもそうなってほしいという願いを持って働いているのだろう。