〇高橋秋江(仮名、72歳)
秋江は20歳の頃に統合失調症と診断され、それ以降ずっと病気と闘ってきた。統合失調症は、幻覚に襲われたり、感情が極度に沈んだりする完治の難しい精神疾患だ。
その後、彼女は結婚して娘を一人もうけた。だが、統合失調症のせいで、育児や家事は困難を極めた。夫にも娘にも様々な負担をかけ、家庭崩壊の危機に瀕したことも数えきれなかった。
秋江が60歳くらいの時、長年連れ添った夫が他界した。すでに自立していた娘は秋江の面倒をみるために、実家で同居をして介護をはじめたものの、統合失調症に加えて身体的な介護を要する母親の世話は想像以上に大変だった。
「私は人生をお母さんに台無しにされた」と介護放棄
娘はだんだんと精神的に追いつめられ、その鬱憤を秋江にぶつけるようになった。
「私は人生をお母さんに台無しにされた」と考え、ちょっとしたことで暴言を吐いたり、八つ当たりしたりしたのだ。徐々に身の回りの世話もしなくなっていった。
そんなある日、家に保健所の職員が訪れたところ、秋江が廊下で倒れているのを見つけた。娘が介護放棄したため、秋江は統合失調症の薬を飲めなくなり、意識障害を起こしたのだ。秋江はすぐに病院に搬送され、入院させられた。
数週間後、市の職員が家を訪れ、娘と秋江の退院後の生活について話し合った。娘は次のように言った。
「もうお母さんと暮らしたくありません。顔も見たくない。私は引き取らないのでお母さんをずっと病院に預けてください。これ以上一緒にいたら私も壊れてしまいます」
虐待をせずに一緒に暮らす自信がなくなったのだろう。
市の職員はやむをえないと判断し、秋江を寿水荘で生活させることにした。秋江は「娘に会いたい」「家に帰りたい」と言っているが、娘は家の鍵を換えるなど拒否する姿勢を変えていない。見舞いにも一度も来ていないそうだ。