「姑に虐げられた嫁が恨みを晴らす物語」
又新も流れには逆らえず、19日付朝刊には「人の世の出來(来)事とも思へ(え)ぬ若き女性の白面鬼」という見出しの記事が見える。各紙の記事には「彼女の動機には同調できない」とする論調や、姑であるつねから日常的にきつく当たられていたという事情と絡めて「6年間辛抱した」と菊枝を擁護する意見もある。
大阪朝日(大朝)は19日付朝刊の論説で、事件を「近来の比類のない家庭の一大惨劇として、一般世人に大なる精神的ショックを与えつつある」とし、「結婚生活について少しも新しい理解のない姑と、嫁と、夫と、嫁の実父との共同で演出したものと言ってよい」と論じた。
大正デモクラシーの流れで女性の地位向上、権利拡張が叫ばれる中、女性雑誌が続々登場。家父長制度など古い家族の体質への疑問や批判も現れていた。そんな中、「姑に虐げられ続けた嫁が積年の恨みを晴らす物語」は世間の関心に合っていたのだろう。
その後、捜査の方向が大きく転換しても、新聞には「嫁と姑」に関する読者の体験談が紹介され、連載企画もそうした内容が圧倒的に多かった。23日付神戸新聞(神戸)朝刊は、「近所に鬼の様な姑がゐるとか五寸釘事件が持上がり相(そう)だとか 大慘劇のつよい刺戟(激)」の見出しで「嫁がいじめられている」などの投書が県内各署に寄せられていると報じた。
「格好の材料」と映画化を計画した松竹と日活に“お叱り”
21日付大朝朝刊大阪版「しばゐ(芝居)とキネマ」欄には、事件が大きな話題になっていたことを裏付ける短い記事が掲載されている。
龍野6人殺しの映畫(画)計畫にきついお叱り
天下の耳目をそばだたしめた龍野の姑殺しの事実は映画としての格好の材料と、抜け目のない松竹と日活の両社は早速当局へおうかがいを立てたが、まんまとお叱りをこうむって引き下がった。
実はこの事件は1カ月余り後の1926年6月に京都で起きた「小笛事件」の際にもクローズアップされる。47歳の女性が首つり自殺し、養女と知り合いの子ども2人が絞殺された。鑑定が計8回行われるなど、自殺か他殺かで大論争となり、龍野の6人殺しとの類似が指摘された。最終的に女性が3人を殺して自殺し、愛人男性の犯行に偽装したことが判明した。確証はないが、加害者の女性はこの「龍野6人殺し」事件を知ってまねた可能性もありそうだ。