早急な解決が難しく、議論も紛糾しがちな「表現の自由」問題。たとえば、なぜ職場に「女性のヌードポスター」を貼ってはいけないのか…? この回答を、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所教授である津田正太郎さんの新刊『ネットはなぜいつも揉めているのか』(筑摩書房)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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アニメ表現の影響とは何か
この騒ぎがおおむね収まったあとも、ネット上ではアニメや漫画の表現に対する批判をめぐって激しいやりとりが繰り返されてきました。たとえば、2021年9月には、千葉県警が交通ルールの啓発のために公開していた女性バーチャルユーチューバーの動画が全国フェミニスト議員連盟から差別的だとの指摘を受けて削除される出来事が起き、議連に抗議する署名運動が展開されました。
また、2022年4月には日経新聞に掲載された女子高生の胸部を強調する漫画の全面広告をめぐって論争が起きました。さらに同年11月には立憲民主党所属の前衆議院議員が、JR大阪駅に掲示されたソーシャルゲーム(ソシャゲ)の女性キャラクターの大型広告を批判するツイートを行い、賛否を集めました。後者の件では前議員が脅迫を受ける事態にまで発展しています。
これらの件については、さまざまな論考がすでに存在しているため、興味のある方は調べてみてください。この問題の難しさは、いくつかの論点が複雑に絡みあっている点にあります。
まず取り上げたいのが、メディアの影響という論点です。女性の性的な部分を強調する広告が好ましくない理由として時に挙げられるのが、それが女性を性的なまなざしでみる態度を助長してしまうというものです。とりわけアニメ表現では幼い女性のキャラクターが好まれる傾向にあるため、それが未成年の女性に対する性的欲望を喚起してしまう可能性を危惧する声もあります。
しかし、広告が本当にそうした影響を生じさせるのかどうかは「わからない」というのが正直なところです。人間は普段からさまざまな表現に取り囲まれて暮らしています。メディアがこれだけ普及した今日では、人びとが一日に接する表現の量は以前の比ではないでしょう。そのなかから、たとえば「通勤の途中に駅でみた広告」がその人のジェンダー観にもたらす影響を測定するのは容易ではありません。
メディア・コミュニケーション研究の領域では、メディアのメッセージがその読者や視聴者に与える効果が長きにわたって調査されてきました。しかし、選挙のさいに誰に投票するのか、新たにリリースされたソシャゲを始めるかどうかといった限定的かつ短期的な意思決定にたいする影響であればともかく、ジェンダー観のような価値観に対する長期的な影響を測定するのは容易ではなく、何年にもわたる継続的な調査が必要になります。