平和的なデモ「帰還の大行進」へフェンス越しに銃撃
映画の終盤、彼が研修でおもむいた病院に、デモ行進中にイスラエル兵に攻撃され、負傷した人たちが運び込まれ、彼がショックを受けるシーンがあります。このデモがどういうものであったかについてはぜひ補足したいと思います。
それは2018年3月30日から始まった、「帰還の大行進」と呼ばれるデモです。1948年にパレスチナ人が難民となった「ナクバ(大惨事)」から70年という節目、また3月30日は、「土地の日」と呼ばれるパレスチナ人の抵抗の記念日でもあるのです。
「帰還の大行進」は“故郷帰還”の実現を訴える非暴力の平和的なデモでした。しかし映画でも描かれていたように、イスラエル軍は封鎖フェンス越しに銃撃してきたのです。
こういう時、イスラエル軍は「バタフライ・ブレット」という銃弾を使います。字幕では「爆発性弾丸」となっていましたが、着弾した衝撃で銃弾の尖端が羽根のように開き、神経や血管をズタズタにするものです。脚に当たると多くの場合、脚を切断するしかなくなります。
それでもパレスチナ人は2019年の年末まで行進を続けました。その結果、死者は223名、負傷者も9200名に上っています。
ニュースで知識として知るのではなく、体感することの重要性
リッカルドは、4カ月間の滞在の中でこのような、人間が意図的に、政治的な目的を実現するために人を攻撃するところを目撃しました。この映画は私たちにもそれを体験させてくれるのです。
イスラエルによるこのような蛮行を、ニュースで知識として知るのではなく、体感すること。それはパレスチナ問題を正しく把握するためにも非常に重要なことです。
おか まり 1960年東京都生まれ。京都大学名誉教授、早稲田大学文学学術院教授。専門は、現代アラブ文学、パレスチナ問題。大学時代に、パレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニーの作品を読み、パレスチナ問題と出合う。
現在、同問題について一般向けの講演などを精力的にこなす。学生・市民による朗読集団「国境なき朗読者たち」を主宰する。主著に『記憶/物語』(岩波書店)、『ガザに地下鉄が走る日』(みすず書房)など。