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天才肌の発達障害は本当に医学部に向いているのか

『発達障害』岩波明×『医学部』鳥集徹 ホンネ対談 ♯2

2018/04/30
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東大ブランドも関係ない

鳥集 今は、臨床にちゃんと力を入れていると言えますか。

岩波 多少は一生懸命やってると思いますよ。どうしてもシステム的に業績を上げなさいというのがテーゼとしてありますから。業績を上げないと、もうそこの部門の存在価値自体がなくなってしまうので。

鳥集 経営的な面でということですか。

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岩波 経営的にもそうだし、研究費を獲得するためにも、業績を上げなくてはいけません。業績をあげないと、学会などでもイニシアティブをとれないですから。存在そのものがいらなくなっちゃいますよね。

鳥集 それは東大というブランドがあっても関係ないのでしょうか。

岩波 東大でもどこでも同じです。大学間で相当強烈な競争がありますから。今、大学病院の医師たちには、非常に大きな負荷がかかっています。かつては研究業績さえ上げてくれればいいですよ、臨床は臨床が好きな市中の病院に任せていればいいですよ、という感じだったんですが、今は両方しっかりやれというプレッシャーがあります。

鳥集 昔は、医学部の教授選は「インパクトファクター偏重」と言われました。つまり医師としての腕ではなく、論文業績ばかりで評価して、教授を選んでいると批判されてきたわけです。医学のアカデミックな部分では、それは今も変わっていなんでしょうか(注・インパクトファクター=IFとは、該当の学術誌に掲載された論文がどれくらい他の論文に引用されたかを示す指標で、世界的に影響力のある学術誌ほど点数が高くなる。医学界ではこれを医師個人の業績を示す指標として用いており、IFの点数の高い学術誌にたくさん論文を載せるほど、医学部の教授選では有利となる)。

鳥集徹さん ©白澤正/文藝春秋

岩波 インパクトファクターの偏重は、今も変わらないんです。というかむしろ強まっています。なぜかというと、国がそう仕向けているからです。2、3年前、国から大学病院などの特定機能病院に対して、「研究業績を上げろ」という通知が出たのをご存じですか?  英語論文を1施設で年間100編出せという。そんなに難しいハードルじゃないんだけど、次は200編になるかもしれないから、そういうのが出るとやらざるをえない。私立大学でも、以前は臨床が中心で研究費の申請はあまりしていなかったんですが、ちゃんと申請して研究しないと「大学からの研究費を減らす」と言われるようになりました。

鳥集 国立大学の場合、国から支払われる補助金である「運営費交付金」が年々削減されているという問題もあります。そのために、国立大学病院も経営を無視することができなくなっています。

岩波 はい。国立大学も独立行政法人化してから、経営を自立するよう国から言われるようになって、大学病院の定員が減らされる一方で、経営陣から売上をうるさく言われるようになって、医学部の教授たちも結構辛いみたいですね。

悪気はないのに患者さんを精神的に追い込んでしまう

鳥集 医学部の教授になるなら、論文業績だけだとやっぱり厳しい。臨床もそれなりにできないとダメですよね。

岩波 臨床ができないと「患者さんが呼べない」と言われます。実際にある国立大学病院で、教授になったはいいけれど、患者さんが集まらなくて、やめてしまった人もいます。そういう現実も知っておかないと、医学部に入って失敗します。大学病院に残るなら、臨床のことも、研究のことも、経営のことも考えなければならない。さらには、医局員を確保するために、自分の医局運営もしっかりしないといけない。もちろんすべてをパーフェクトにできるわけじゃないけれど、そういう面も理解して仕事に就かないと失敗するというか、立ち行かなくなる。

鳥集 開業するにしても、「あの先生は話をよく聞いてくれる」という人でないと、患者さんに支持されなくなっていますよね。昔は「お医者様」とかって言いましたけど、今は逆に、病院でも「患者様」「何々様」って呼ばれます。患者さんの権利意識も強くなっている。にもかかわらず、ASDの人のように言外のニュアンスを理解しにくくて、言葉をそのまま受け取ってしまう傾向が強いと、トラブルが起きやすいんじゃないかと心配になります。

岩波 そうなんです。ASDやADHDの人が医師になると、悪意はないんだけど、患者さんを精神的に追い込むような言い方をしてしまうことがあります。それに、患者さんだけでなく、医師の仲間にも嫌われてしまうことがある。医学部に入るなら、やはり自分の資質として向いているのかどうか、こういう点でも考えてもらったほうがいいですね。

♯3 「東大医学部卒の超エリートを待ち受ける「現実」とは?」に続く

岩波 明(いわなみ・あきら)
昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学精神医学教室准教授などを経て、2012年より現職。2015年より同大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『大人のADHD もっとも身近な発達障害』(ちくま新書)など。

鳥集 徹(とりだまり・とおる)
ジャーナリスト。1966年兵庫県生まれ。同志社大学大学院修士課程修了(新聞学)。会社員、出版社勤務を経て、2004年から医療問題を中心にジャーナリストとして活動。タミフル寄付金問題やインプラント使い回し疑惑等でスクープを発表してきた。15年に著書『新薬の罠 子宮頸がん、認知症…10兆円の闇』(文藝春秋)で第4回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。

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文藝春秋
2017年3月17日 発売

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医学部 (文春新書)

鳥集 徹(著)

文藝春秋
2018年3月20日 発売

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