教授とのトラブルからうつ病になってしまった東大医学部の院生
鳥集 先生が以前話してくださったエピソードで印象的だったのが、有名エリート高から東大医学部に入った人で、天才的に数学ができる人がいたという話です。医学生時代はよかったんだけど、人間関係を円滑にするのが苦手で、医局の教授とトラブルになって、追い出されてしまったと。
岩波 そうです。そのために大学院生のときにうつ病になってしまって、しばらく休んで研究者の道を諦めることになりました。それで、今度は臨床をやるというんで、東大のある医局に入ったんです。入局してしばらくして、外の研修病院に異動になりました。ご本人も、そこの常勤医になることを希望されていたんですが、やはりうまくいかなくて、リジェクト(拒否)されちゃったんです。
鳥集 有名エリート高で東大理Ⅲっていったら、「自分は日本の頂点にいる」という感じでいたはずですよね。だけど医師になってみたら、うだつの上がらない立場に追いやられてしまう。それをご本人はどう感じていたんでしょうか。普通に考えれば、そういうエリートの道を歩んできて、職業人になったとたんにうまくいかないとなると、ものすごく大きな挫折だと思うんですけれども。
岩波 診断すれば、その方もASD、いわゆるアスペルガー症候群だと思うんですが、自らは挫折をあまり認めないようなところがあります。やはり、挫折を挫折ととらえて、それを深刻に考えて悩むという感じではないんです。
鳥集 そういう方々というのは、本当は医学部じゃなくて、他のところに行けば才能を生かせた可能性もあるのではないでしょうか。天才的に数学ができたわけですから、数学者や物理学者、天文学者、統計学者になるとか。
岩波 確かに、ASDの人は一人でやらなければいけないような、ハードな研究をやり遂げる人が多いので、数学的に優れている人は、そのような分野へ行った方がきっと成功するでしょうね。そもそも、医学部の勉強に高度な数学は要りません。とにかく大量に暗記するのが、医学部の勉強なんです。
「医者の資格があれば安心」なのか
鳥集 拙著『医学部』でも書きましたが、私が危機感を持っているのは、そういうエリート高の生徒たちの多くが、「食いっぱぐれがない」とか「偏差値が高いから」という理由で、競って医学部を目指すようになったことです。もちろん、純粋に「人の命を救いたい」とか、親が医師で自分もそれを継ぐ運命として医学部に行く人もいます。しかし、冒頭(第1回)でお話したエリート高に通う息子さんを持つお母さんが話したように、難関だからこそ医学部を狙うという雰囲気が、エリート高にはあると聞きます。
岩波 それもあると思うんですが、僕の印象ですと、今の人ってやはり資格にこだわるんです。「医者の資格があれば安心だ」と。確かに、リーマンショック以降の日本経済の長期低迷で、名だたる大企業でさえも屋台骨がガタガタ揺らぐようになってしまった。弁護士も増え過ぎて食いっぱぐれがないとは言えなくなってきました。そうした状況の中で、医師の資格さえあれば、ある程度の生活レベルは維持できるだろうと考える人が多いんじゃないかな。
鳥集 そういう風潮を先生はどうとらえていますか。
岩波 正直言って、医学部のレベルが上がったのは嬉しいんですよ。私は20年ほど前からこの大学(昭和大学医学部)で教育に携わっていますが、当初に比べると医学生のレベルは確実に上がっています。こちらが指示しなくても勉強してくれるから楽なんです。以前は少人数の講義でも時間通り来ない。来ても真面目に勉強せず、「何なんだこの人たちは」という学生がいたんですが、今は非常に真面目な人が多いので、教える側としてはやりがいがあります。