アッハッハ、なんだこりゃ。以下余白!
というわけにも行かないんだろうな。それにしても、「従僕ジーヴズ」「エムズワース卿とブランディングズ城」その他のシリーズで知られる西洋落語の名人P・G・ウッドハウスの作品(文藝春秋、国書刊行会から現役の翻訳多数)を「紹介」させられる身にもなってほしい。
先代の林家三平ではあるまいし、「これのどこが面白いのかと言いますとォ――」なんて言ったって、ウッドハウスの太平楽なユーモアの味は伝わりやしない。惚れたのはれたの、賭け事に勝ったの負けたのと実にしょうもないことに命をかけて暇人たちが七転八倒するウッドハウスの世界の魅力を伝えようとすると「なんかこう、ハハッと笑えてフワフワッといい気分になるんだよ」という、馬鹿みたいな文句しか出てこないのだ。だいたい、ウッドが林、ハウスが家でその名も「林家」なのだから、こっちの負けである。
もっとも、ウッドハウスがキャリア初期の1909年にものした本作『スウープ!』の題材は、いつもと少し毛色が違う。ドイツとロシアがある日突然イギリスに侵攻、イギリスは独露軍に占領されてしまう。徒手空拳立ち向かうは、若きボーイスカウト。さてはや、血沸き肉躍る戦いの幕がいつ切って落とされるかお立会い!という話なのだから、おやおやどうしたウッドハウス、ってなものだ。
だが、そこはウッドハウス御大。血は沸かない、肉は躍らない、しかもヒーローのはずのボーイスカウトがこまっちゃくれた可愛げのないガキときている。これほどないない尽くしの趣向なのに、読者の笑いはしっかり頂戴していくように作り込んであるんだから粋なものだ。その作り込みの妙、そしてひとかたならぬアホっぽさは、ぜひ現物に当たってお確かめを。
なんでも、第一次世界大戦に至る時代のイギリスでは、軍事的不備を衝いてよその国が攻め込んでくる「侵攻小説」なるジャンルが流行したそうな。詳しくは訳者の深町悟の著書『「侵攻小説」というプロパガンダ装置の誕生』(溪水社)をご覧あれ。そうした作品は見え見えの政治的意図をもって書かれたものだが、ウッドハウスはそれをクニャクニャの骨抜きにしてみせた。ウッドハウスの政治的能天気は筋金入りである。第二次世界大戦時にフランスから逃げ遅れてドイツの捕虜になってしまったりしたのは、その祟りかもしれないが。
そういえば、ウッドハウスはボーイスカウトに親でも殺されたのだろうか。彼の作品に出てくるボーイスカウトはどれも小憎らしい。その点、河野有理『偽史の政治学』(白水社)が論じる、同時代日本の政治家・後藤新平がボーイスカウトという共同体に本気で見出した「政治資源」などと比べてみるのも一興か。
Pelham Grenville Wodehouse/1881~1975年。イギリスの国民的作家。数多くの長篇・短篇ユーモア小説を著して、幅広い読者に愛読されている。邦訳書に『比類なきジーヴス』(国書刊行会、森村たまき訳)、『ジーヴズの事件簿』(文春文庫、岩永正勝・小山太一編訳)など。
こやまたいち/1974年生まれ。立教大学教授。マキューアン『贖罪』、イーヴリン・ウォー「誉れの剣」三部作など訳書多数。