優れたアートコレクションはかくも雄弁に時代を語る

 パート4「崩壊と再生」では、東日本大震災以降に生まれた表現にスポットを当てる。鴻池朋子が白いキャンバスに絵を描くことから離れ、素材そのものと対話するようにつくり上げた、全長24メートルにおよぶ《皮緞帳》が大空間に掲げられている光景に息を呑む。

「4.崩壊と再生」より 小谷元彦(左)、鴻池朋子作品の展示風景

 パート5「『私』の再定義」では、大きく揺らぐ現代人のアイデンティティを表現した作品が、また「路上に還る」と題した最終6パートでは、ストリートを基点とするアーティストが取り上げられている。首都圏郊外に育った体験をベースに創作する藤倉麻子は、都市と郊外のあわいにある風景を映像やオブジェに落とし込むことで、あきらめと希望が入り混ざったいまの時代の雰囲気を会場に持ち込んでいる。

「5.『私』の再定義」より 管木志雄《連景化》2011-2-12
「6.路上に還る」より 藤倉麻子作品の展示風景

 とてつもないボリュームの展示を通覧すると、日本現代美術の輪郭が頭のなかにくっきり浮かび上がる。同時に、ここ30年の日本を覆っていた空気も、ありありと体感できる。優れたアートコレクションはかくも雄弁に時代を語るものなのか、そう感嘆するほかない。

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 こうなると展示のみならず、コレクションを築き上げた高橋龍太郎さんその人への興味が湧き起こる。

 日本現代美術をひとりで体現する高橋龍太郎とは、いったい何者か。どのような思いでコレクションを形成してきたのか。富裕層を中心に関心が高まりつつある「アートの購入」を始めるにはどうしたらいいのか。会場で、ご本人に話を聞けた。言葉に耳を傾けてみよう。

美に目覚めさせた少年時代の原体験

 高橋龍太郎さんは1946年生まれ、いわゆる団塊の世代である。美術、もしくは美そのものに目覚めたのはいつかと尋ねると、懐かしい例を挙げて説明をしてくれた。

「美しいものに心惹かれる性向は、小さいころからありましたね。あれは小学2年生のころ、『鉄腕アトム』の『電光人間』という話を読んで、心を動かされました。世界一美しいと称される透明ロボット『電光』が、ロボット博で話題となります。でも電光は悪い人間に騙され、宝石店や銀行で盗みを繰り返してしまう。アトムが説得にあたり、透明だからいけないのだと言い電光のボディにコールタールを塗り、悪事を働けないようにしました。透明で美しいことを誇りとしていた電光は悲しんで逃げ出し、最後は爆弾を抱えて自爆します。

 これを読んで僕は思いました。悪事を止めるため透明ロボットにコールタールを塗るのは、名案と描かれているが、とんでもない。世界一美しいロボットを汚すなんて、アトム許せない! と」

高橋龍太郎

 美を至上の価値とする精神が、高橋少年に宿った原体験だった。その後も美への鋭敏な感覚は止まない。

「中学校では地学部に入ります。鉱物やガラスを眺めながら、美しいものは自分の気持ちに安らぎを与えてくれると知りました。ずいぶん小さいころから、美に対する目をごく自然に養ってきたのだと思います」