表現と同伴して生きている実感
大学入学とともに東京へ出て、いったんは映像作家を志すも、あきらめて医学の道へ。勤務医を経て、1990年に精神科医として開業する。
待合室に飾る絵を探すのを機に、現代アートギャラリーをめぐる習慣ができた。台頭していた会田誠や山口晃ら同時代の若き才能を集めるところから、自身のコレクションが広がっていった。
「表現者になりたかったけれど、自分には才能がないと見切りをつけ、それでもアートの周辺にいたい気持ちは強く残った。そんなとき、絵画を購入して部屋に飾れば、表現と同伴して生きている実感が得られると知ったのです。同時代のアーティストたちに着目したのは、彼らの作品を通して、いまこの時代に日本という場所で生きるリアリティを感じたいから、でしょうね」
そうして気づけば膨大なコレクションが形成されていた。現行の高橋龍太郎コレクションは、まさに日本現代美術史を体現するものとなっているが、体系立てて歴史的意義のあるものとする意図は持っていたのだろうか。
「当初はそんなつもりはなかったのですが、2000年代になってから各地でコレクションをもとにした展覧会を企画していただけるようになって、意識が変わりました。関係者のみなさんとそのつどテーマやコンセプトを考えるうち、日本の現在のアートシーンを丸ごとパッケージするようにコレクションする使命感が、少しずつ芽生えていきましたね」
「私性」と「客観性」との絶妙なバランス
今展は現時点での集大成というべきスケールとなった。タイトルに「日本現代美術『私観』」と付けたのはキュレーターからの提案だそうだが、このコレクションが高橋さん自身の趣味嗜好の反映であるとの主張だろうか。
「美術館などの『公』によるコレクションではないし、ある種の『私性』はどうしてもにじみ出るでしょうということで、私観としました。とはいえ、自我を前面に出したり客観性から遠く離れるつもりはありません。自分の好みに端を発して、作家たちの声を聞きながら、アートの潮流は学びつつもマーケットの流行には左右されない、自分にとって最も心地いい絶妙なところに立ってコレクションしているつもりです。なので私観といえども、僕のコレクションは一定の公共性を帯びているかもしれませんね」
ときに、コレクションのための資金はどう捻出しているのだろうか。資産のうちどれほどの割合をアートに振り向けているのか。アートのコレクションを夢見る人へのアドバイスは?
「精神科医としての稼ぎをすべて振り向け、それでもなかなか足りないので、ローンを組んだり、ギャラリー各所へ分割払いをお願いしたりと、いっぱいいっぱいでやっているのが実状です。依存症の気があるので、そのまま真似するのはおやめになったほうがいい(笑)。
ただ、そんなにのめり込めるほどにアート・コレクションがおもしろいというのもまた事実。もし余裕のあるお金をお持ちなら、その半分ほどをアートにつぎ込んでいくくらいのバランスがいいのでは。アート・コレクションをつくっていくことが、人生をたいへん豊かにしてくれるものだということは、はっきりと申し上げられますよ」
INFORMATION
日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション
8月3日~11月10日
東京都現代美術館 企画展示室1F/B2F、ホワイエ
www.mot-art-museum.jp