挿入歌だけではない。1993年のドラマ『あすなろ白書』において、木村には男一番手である“カケイくん”のオファーが来ていた。一方、ヒロインに一途な思いを抱く取手くん役は筒井道隆のはずだった。だが、木村は筒井と相談の上、2人の役を交換できないかプロデューサーに提案。プロデューサーが「このドラマで人気が出たら、いまオンエアされているどのCMの誰のポジションに就きたいのか、イメージできているのか」を確認したところ2人とも明確なイメージができていたため、それを了承。結果、木村演じる取手くんの「俺じゃダメか?」という切ない台詞とともに後ろから抱きしめる“あすなろ抱き”は視聴者の心を釘付けに。木村の人気に大いに火をつけた(※9)。
商品ではなく作品を作る
プロデューサーにも物を言うこの行為に対し、「生意気」と思う人もいたはずだ。木村拓哉を商品とみなし「アイドルだ」と高をくくっていた人には異質なものとして映ったかもしれない。
だが、木村拓哉はジャニーズ事務所で、アーティストとして自分の頭で考える教育を受けてきた人間である。これらの行動は、自身をも消費されかねない芸能界の中で、商品ではなく作品を作ろうとする、そして自分自身も作品であろうとする、20代の木村拓哉の必死の抵抗にも思えるのである。
ちなみに両作品とも、プロデューサーは亀山千広。この後、木村拓哉初の主演ドラマとなる『ロングバケーション』に加え、その翌年には『踊る大捜査線』で大ヒットを飛ばし、2013年に57歳でフジテレビの社長に就任した人物である。典型的なテレビマンに思えるかもしれないが、その実、浪人中に年間400本の映画を見て、大学時代には映画監督・五所平之助のもとで書生をしていたという映画寄りの出自を持つ(※10)。
90年代のフジテレビのドラマというテレビ業界のど真ん中にいるにもかかわらず、現場の人間として作品作りをしようとするこの木村拓哉の情熱は、受け入れる側も“芸事”寄りの人物だったことで成立していたということだろう。
《出典》
※1 「デイリー新潮」2023年2月2日配信
(https://www.dailyshincho.jp/article/2023/02021102/)
※2 TOKYO FM『木村拓哉 Flow』2023年3月19日放送
※3 木村拓哉『開放区』(2003年、集英社)
※4 「an・an」1996年2月23日号
※5 木村拓哉『開放区』
※6 「MORE」2022年5月号
※7 木村拓哉『開放区』
※8 TOKYO FM『木村拓哉 Flow』2021年8月29日放送
※9 「THE21」2008年5月号
※10 「就職ジャーナル」2015年8月17日配信
(https://journal.rikunabi.com/p/career/topproject/6885.html)