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 広大なロータリーの中心にはバス乗り場があって、都バスがあっちこっちからやってくる。

 傍らに聳えるビルは、王子駅前のシンボル・北とぴあ。人通りも多く、すぐ脇を通る明治通りも北に伸びる北本通りも、どちらも幅広の大通りでクルマがひっきりなしに行き交っている。まあ、いくら小駅といっても東京23区の駅のひとつなのだから、駅前が賑やかなのもあたりまえである。

 
 

 ただ、あれこれいったところで、この町の顔といったらやはり飛鳥山公園に決まっている。駅前広場から明治通りの下を潜った先の線路沿い。小高い丘の上が、すべて飛鳥山公園だ。武蔵野台地の端っこで、1万円札の渋沢栄一さんが邸宅を構えたことでも知られている。

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渋沢栄一に徳川吉宗…華やかな飛鳥山のパワー

 飛鳥山公園は、桜の名所だ。そのはじまりは江戸時代にまでさかのぼる。八代将軍の徳川吉宗が飛鳥山に桜を植えて、観覧の地としたのがルーツだという。当時はいまほどには高い建物がなかったから、飛鳥山の上からは富士山も望めたという。

 

 王子周辺は以前から日光御成道の沿道にあたり、古くは将軍の鷹狩りの場にもなっていた。言い換えれば、江戸の近郊の農村地帯。それが、飛鳥山の桜のおかげで行楽地に生まれ変わったというわけだ。以後、王子は江戸の庶民たちの行楽の地として栄えるようになってゆく。

 明治に入ってもそうした行楽地としての性質は変わらず、1873年には太政官指定公園の第一号にもなっている。それだけ飛鳥山は名を馳せる行楽地だったのだ。小山の上からは富士山が見え、また反対の東を見下ろせば荒川沿いの低地が一望できる。高いところからの絶景を好むのは、昔もいまも同じなのである。

 

 渋沢史料館・北区飛鳥山博物館・紙の博物館という3つの博物館が並ぶ現代の飛鳥山。そこには蒸気機関車のD51や都電荒川線の古い電車が展示され、その前では子どもたちが遊んでいる。訪れたのは12月。だから桜とは縁遠い季節だが、それでも色づいた木々がまだまだ残り、寒風の中にも目に潤いを与えてくれる。