前を向くしかない

「火」は文庫本で33ページの短編である。奥山さんは、その全文を「丸暗記してほしい」と瀧内さんに伝え、語りの頭から終わりまでをワンカットで撮影することにした(実際には3回ほど長回しで撮影した映像を編集して構成)。

「ワンカットの映像を撮ることが目的だったわけではなく、セリフとセリフの間にある感情の機微、表情や気分の変化を取りこぼすことなく映像に収めたかったためです。動きについて僕が指示をしたのはわずかで、あとは彼女にお任せ。見事に演じきってくれました。本当に優秀な女優です」

 そこにいない医師に向かって話し続ける女。しかし、いつしか彼女と対峙しているのは自分であるかのように錯覚させるカメラワークも効果的だ。

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「人はもっと向き合うべきだと思っているんです。相手の話を聞く、それだけで事態は変わってくるはずですから」

映画『奇麗な、悪』2024年製作/76分/日本
原作:中村文則「火」(河出文庫『銃』収録) 主演:瀧内公美 脚本・監督:奥山和由
©2024チームオクヤマ 配給:NAKACHIKA PICTURES
2月21日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開

 しかし、こうも言う。

「一度起きてしまった問題がすっきり解決することなんて、そうそうないですよ。それでも人は生きていくしかない。生きているなら、前向きがいいじゃないですか。要は、前に進むか、進まないか。それしかないんですから」

 本作について原作者の中村さんは、「小説よりもどこか『前』を向いている印象がある」と語っている。それは取りも直さず、この奥山さんの姿勢を反映してのことだろう。

「世の中、不条理なことばかりですが、大丈夫、なんとかなる、なんとかする。そんなふうに前に進もうとする背中を押すことができれば本望です。少なくとも、本来、映画というものはそういうものでありたいと、僕は思っています」

おくやまかずよし/1954年生まれ、東京都出身。学生時代から助監督として映画制作に従事、82年よりプロデューサーとして活躍。『うなぎ』(97/今村昌平監督)でカンヌ国際映画祭パルムドール賞受賞。監督、脚本家としては『RAMPO』(94)を手がけ、日本アカデミー賞優秀監督賞、優秀脚本賞のほか海外の映画賞を多数受賞している。

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映画『奇麗な、悪』
2月21日公開
https://kireina-aku.com/