朱川湊人さんの書き下ろし単行本『花のたましい』が2025年3月24日に上梓されます。

 朱川さんの直木賞受賞作を原作とした映画『花まんま』(4月25日公開)は、鈴木亮平さんと有村架純さんが兄妹役で初共演を果たす話題作。小説『花のたましい』は、この映画の脚本と撮影現場をご覧になった朱川さんが自ら筆を執り、映画のその先の世界を新たに紡ぎだした感動の小説集です。

 表題作「花のたましい」は映画オリジナルキャラクター・駒子の20歳の頃の物語。本作を芽吹かせたのは、映画撮影の現場で見た“彼女”の姿でした。朱川さんご本人が綴ります。

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『花のたましい』

 金子みすゞの「花のたましい」という詩を読んだのは、二十年以上昔のことになる。

 散った花のたましいは、仏さまの花園にひとつ残らず生まれ変わる。花は、自分のものを何でも誰かに与えてしまうほどに優しくて、散った花びらさえも、子供のおままごとのごはんになってくれるから……という内容の詩だ。

 ほんの十数行の短い詩でありながら、茶碗に入った白いつつじの花の光景が私の脳裏に浮かび、そのイメージが広がって「花まんま」という作品となった。

 しかし小説そのものはテーマが異なっていたので、詩で語られた“花の優しさ”に深く触れられたとは思えなかった。以来、花のように自分のすべてを他人に与えてしまう人物を書いてみたいと思っていたが、納得のいく物語を見つけ出すことができず、私の中で温め続ける他はなかった。

 しかし「花まんま」の映画化が決定し、京都太秦まで撮影を見学に行かせていただいた際、出演者の皆様にお会いする機会を得て、物語が急に動き始めた。

 思えば私の新しい物語の主人公の造形は、そう難しいことではなかったように思う。しかし書けずにいたのは、その主人公を自然に動かせる印象的な登場人物が不在だったからである。物語を進めていくのは、そういう力のある人物なのだ。むしろ、そちらが影の主人公と言ってもいい。

 大阪出身のファーストサマーウイカさんは、その登場人物に、まさに打ってつけのイメージを持った方だった。

 大河ドラマで清少納言を演じておられるのを私も拝見していたが、そんな大役に抜擢された理由が私にも理解できた。ともかく懐が広く、些細な表情の変化にも奥行きがあって、こちらのイメージを大きく広げてくれる力をもっておられるのだ。演技はもちろん、撮影の合間に雑談を交わした時にも多くのヒントをいただき、私の方が勝手に“お好み焼き屋の看板娘・駒子”の物語を、あれこれと想像してしまった。

 私の中で動き始めた駒子は、やがて他の登場人物まで連れて来て、いくつもの物語が生まれるきっかけになってくれた。ついには「それで一冊の本を作ろう」という流れになったのは幸いである。

 もともと私の「花まんま」は、小学生の兄妹を中心に据えた八十枚ほどの短編小説である。それに大人になった二人の物語を加えて、映画版となった。そのために多少の変更が加えられたが、私には何の不満もなかった。原作の大切な部分はすべて入れられているし、「こんなふうに広げてくださったのか」と思うと、むしろ感激の方が大きかった。さらに言えば、原作では触れていなかった部分を掘りさげていただいたことで、私自身が描けなかった世界が見事にできあがっている。

 そして駒子の登場によって、私の「この世界を自分なりに広げたい」という気持ちが、ぐんぐんと大きくなってしまった。言ってみれば、作品のキャッチボールの結果なのだが――うまくいっているか否かの判断は、読者のみなさんにお任せする他はない。