星野仙一氏 ©文藝春秋

あなたはグラウンドで死ぬのが本望かもしれないが

 野崎の全面支援で、タイガースに18年ぶりの優勝をもたらした星野は体調がひどく悪かった。主治医を東京ドームや神宮球場にも帯同させていた。

「その先生がね、『あなたはグラウンドで脳出血でも起こして死ぬのが本望かもしれないが、周りが迷惑する』と言うんですよ。私が試合に出て、あるいは死なないでいられるかもしれない。でも先生が言うには、『発作の連続で一年を送るだろう。精神的にも肉体的にもどん底へ行ってしまうよ。それでもいいのなら(来年も)やってもよい。個人的には野球を続けてほしいが、医者としてはいつ倒れるかもしれないので勧められない』とね」

 星野はそんな話をして、「ご飯を食べましょうや」と言った。

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 文字通り命を懸けてグラウンドに立っていたのだ。野崎は驚きと後悔からようやく解放された。

 

私の代わりに球団社長になってくれませんか

 タイガースは星野を失ったらあかん。引き留めようと思ったとたんに、思い付きが野崎の口をついた。「例えば、岡田君(彰布一軍コーチ)を監督にして、星野さんを総監督にするいうことはできないですか」

 「それはやっちゃいかんな。チームが二重構造になりますからね」

 野崎は、以前からぼんやりと思っていたことを話した。

 「では星野さん、私の代わりに球団社長になってくれませんか。私が副社長でもなんでもして支えますから、フロントで働いて下さい」

 引き留めたいという願いがあり、5つ年下の星野が今、社長としてふさわしい器なのかもしれない、という思いがあった。

 監督から球団の経営者に就いた人は何人かいる。

 西鉄ライオンズの荒くれを擁し、「三原マジック」を演じた三原修、「球界の寝業師」と呼ばれた根本陸夫……。他にも球団経営にかかわった野球人はいる。だが、現役の球団社長から、私が副社長をやって支えるから、私の代わりに社長になってください、と懇願されるほど敬愛された人がいただろうか。巨人球団代表だった私は二人の交友と信頼関係を羨ましく思った。

 野崎は、星野のような人にコミッショナーを務めてほしかった、とも言う。

 星野はこの後、球団オーナー付シニアディレクター(SD)に就いて、プロ野球の2リーグ制維持に奔走する野崎を援護射撃する。「野球界の縮小につながる1リーグ制には賛成できない」と、久万オーナーに進言し、メディアにも論陣を張った。そうして、野崎を応援し、渡邉恒雄が牽引する1リーグ論に立ち向かうのだが、もし阪神にもう少し勇気があって、星野・野崎の経営コンビが誕生していたら、球界は大いに盛り上がっていただろう。野球とはビジネスでありながら、晴れ晴れと夢を与えるものであるはずだ。

 もう一人の主人公であるカープの鈴木清明は、球団史上初のリーグ3連覇を達成した監督・緒方孝市と深く結ばれていた。そうした意味で本書は、サラリーマン経営者と野球人、まったく異質な人々のひとときの友情の物語でもある。

サラリーマン球団社長 (文春文庫 き 49-2)

サラリーマン球団社長 (文春文庫 き 49-2)

清武 英利

文藝春秋

2025年2月5日 発売