少年たちに課せられた罰は…

 判決公判は1990年7月20日。裁判長は「被害者をなぶり殺しにした非人道的な犯行で刑事責任は重いが、少年による集団犯罪の特殊性などを考慮すると、精神的に未熟な少年らが事態を打開できないまま、不幸な結末に陥った側面もある。拘置中、被告人らはそれぞれ人間性に目覚めた成長が著しいなどの情状も考慮すべきである」としたうえで、主犯格のAに懲役17年(両親が被害者遺族に5000万円の慰謝料を支払ったことも考慮された)、準主犯格のBに懲役5年以上10年以下の不定期刑、監禁場所に自室を提供したCに懲役4年以上6年以下の不定期刑、最も関与が薄いとされたDに懲役3年以上4年以下の不定期刑を言い渡した。

 検察、弁護側ともに控訴した結果、東京高裁は一審判決を破棄しAに懲役20年、Cに懲役5年以上9年以下の不定期刑、Dに懲役5年以上10年以下の不定期刑を宣告(Bのみ一審判決を支持)。Dのみ最高裁に上告し、懲役5年以上7年以下の不定期刑で確定する。

 犯行の残虐さからすれば、いずれも軽すぎる量刑に思えるが、これが性格の矯正や環境の調整に関する保護処分を行うことを定めた少年法で裁ける限界だった。

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