大学生虐殺事件の現場へ

 本作のひとつのクライマックスは、ステラたちが1976年の血の水曜日事件(タンマサート大学虐殺事件)の現場に飛ぶシーンだろう。「共産主義の防波堤」としてベトナム戦争で米軍に全面協力したタイでは、政府の方針に若者たちが反発。

「当時、米軍はタイに政治的プロパガンダを植え付けていたのですが、それに反対した学生たちとの間に対立が生まれました。そして、政府に雇われ赤い服を着て、『赤い野牛』と呼ばれた(右翼の)男たちが、学生たちを襲ったのです」

チューキアット・サックウィーラクン ©文藝春秋

 この事件では多数の死者が出たとされるが、詳細は今もって不明な部分もあるという。そしてステラたちはさらに今から200年後の未来を旅することになるが、そこでも若者たちは権力者に抵抗して闘っている。監督の狙いは、先史時代から未来までのタイの歴史を描き出すことにあったという。

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「SFは、時間を超えてタイの歴史をたどるために必要だった形式でした。私の国では常に若者と大人が衝突してきました。1960年代、70年代、90年代、そしてそれは今でも続いています。そして私はなぜタイの若者が傷つけられなければならないのか、このような対立がなぜ繰り返されるのかと思っています。この映画は大きなチャレンジです。この映画は必ずしも一般的に共感を得られないかもしれない。というのは、歴史的政治的に複雑なレイヤーが重なった映画だからです。しかし、出資者も分かりやすい映画でなくても、価値のある映画を作ろうと言ってくれました」

子供の頃読んだ『AKIRA』に影響されて

 大学生虐殺のシーンでは、時空の歪みによってつながった未来から、過去にミサイルが撃ち込まれるという衝撃的な演出があるが、その場面を監督はもっとも観客に見せたかったのだと語った。

怪獣が街を襲う ©2024 NERAMITNUNG FILM CO., LTD. ALL RIGHT RESERVED

「実はこの映画をつくるモチベーションになったのは、大友克洋の『AKIRA』です。SF漫画でありながら哲学的であり、政治的な考え方もある。子供のときはよく分からなかったのですが、30歳を過ぎて読み直したときにこの漫画の価値をあらためて実感しました。

 タイではこの映画はあまり興行収入を上げなかったのですが、海外70カ国に配給権は売れました。また各種プラットフォームでの配信が決まっています。アメリカでも配給権は売れたのですが、公開はいつになるか分かりません。この映画、今の米国大統領や国民にあまり好かれないと思いますから(笑)」