昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

前川喜平 前事務次官が語る「思想的には相容れない、加戸守行さんのこと」

前文部科学事務次官・前川喜平 2万字インタビュー #2

2018/06/22

genre : ニュース, 政治

パーティー券と裏金の思い出

――森さんの後任が塩川正十郎さんですね。

前川 私はその頃、宮城県の教育委員会に2年出向して、その後外務省の研修所に行って、それから3年間フランスのユネスコ代表部で仕事をしていたんです。5年間以上、文部省を離れていた時期ですね。

 

――すると、1989年のリクルート事件で高石邦男前文部次官が逮捕されたときはフランスですか?

前川 そうでしょうね。ただ、高石さんが国政選挙に出ようとしていた時のことは覚えています。宮城県にいたときに、「高石さんが衆院選に出るのでパーティー券を買え」って、教育委員会に文部省から言ってきたんですよ。教育長と教育次長に相談したら、「何もしないわけにはいかんだろうな」ってことになって、結局私含め3人、ポケットマネーを出して買いました。あれはひどかったなあ(笑)。文部省内でも各課ごとにプールしていた裏金から捻出してパーティー券を買っていたんじゃないかなと思います。カラ出張やカラ会議で使ったことにして貯めた「裏金」を管理するのは、各課の庶務担当の補佐の仕事でした。

高石邦男・元文部次官 ©文藝春秋

――裏金といえば、いわゆる「官官接待」にも使われたわけですが。

前川 ええ、私も大蔵省の主計官の接待をしたものです。

――大蔵官僚というのは、やはり他省の官僚とは違うものなんですか?

前川 やっぱり、大蔵省様様って感じでしたよ。とにかく主計局の主計官だとか次長は予算をつけてくださる大事な方だと。

加戸さんは私の結婚式で2曲歌ってくれました

――リクルート事件の話に戻りますが、このときに官房長だった加戸守行さんも連座してお辞めになっています。加戸さんはその後、愛媛県知事となり加計学園獣医学部の今治市への誘致を進めていたとして、国会の参考人招致で前川さんと再び顔を合わせることになりますね。

前川 実は加戸さんは私が文部省に入って間もない頃の上司なんです。私は官房総務課に配属されたんですが、その後総務課長に来られたのが加戸さん。私の結婚式で歌を2曲歌ってくれました。

――あっ、そうなんですね。ちなみに何を歌われたんですか?

前川 全然覚えてないんだけど、同じく元文部官僚の寺脇研さんの結婚式では「芸のためなら 女房も泣かす〜」っていうあの歌、『浪花恋しぐれ』を歌ったそうです。なんでこれを歌ったんですかね(笑)。

2017年7月10日、参院閉会中審査に参考人として出席した加戸守行前愛媛県知事(左)と前川喜平前文科事務次官 ©時事通信社

――加戸さんはどんな上司でしたか?

前川 加戸さんから建国記念の奉祝式典に潜入してこいと「密命」を帯びたことがあるんです。式典に文部省が後援名義を出すので、様子を見て報告しろと。それで行ってみると、のっけから紀元節の歌をみんな起立して歌っているわけです。「雲に聳ゆる高千穂の 高根おろしに草も木も」って。講演も右翼チックなものばかり。まさに紀元節復活みたいな強い雰囲気があって、これは参ったなと加戸さんに報告したら「そうかそうか、よかったよかった」って言うんです。加戸さん、右翼なんですよね。総務課長室に建国記念の日のポスター、ダーンと貼っていたのもそういうことかと。だから、思想的には私とは相容れないところがあるんです。