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ノーベル賞受賞・本庶佑教授が語った オプジーボと従来の抗がん剤の「決定的違い」

「当時は免疫療法が効くなんて信じる人はほとんどいませんでした」

source : 文藝春秋 2016年5月号

genre : ライフ, 医療, 社会, サイエンス

note

末期のがんが小さくなった

立花 今、世界中の医療関係者、がん患者の間で話題になっているようですね。新しい免疫療法として絶大な期待を寄せられていますが、正直なところ、僕はまだ、免疫なんかで本当にがんをやっつけられるのかな、と思っているんです。効果を裏づけるしっかりしたデータはあるんですか?

本庶 いちばんはっきりした効果がわかる臨床試験のデータは、2014年11月にアメリカの医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に発表されたものです。この臨床試験では、悪性の皮膚がんであるメラノーマの患者418人を2つのグループに分け、一方(210人)にニボルマブ、もう一方(208人)には、当時メラノーマにいちばん効くと言われていた抗がん剤のダカルバジンが与えられました。いずれの患者も、他の処置を受けた経験はなく、医師にメラノーマと診断されたばかりの人が選ばれています。どちらの薬を投与されるかは、患者にも、医師にも知らされませんでした。

「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に発表された臨床試験データ(ニボルマブ=免疫薬、ダカルバジン=抗がん剤)

立花 ランダム化比較試験ですね。臨床試験ではいちばん信頼性が高いとされる方法です。

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本庶 プラセボ効果といって、何かいい薬をもらっていると思うだけで元気になる効果が知られています。そういう心理的作用を防ぐために、新薬の臨床試験では、この手法が広く利用されているのです。先ほどの結果ですが、臨床試験開始後、1年後まで生きていたのは、ニボルマブを投与された患者で70%、抗がん剤では40%以下でした。ニボルマブ投与では1年4カ月後でも生存率はほぼ横ばいの70%。それに対して抗がん剤を投与された患者の生存率は20%を切ってしまった。

立花 いちばん効くと言われた抗がん剤にも大きな差をつけた。

立花隆(評論家) ©文藝春秋

本庶 そうです。あまりにはっきり差がついたので、臨床試験を続けるのは非人道的だからやめろ、と第三者委員会が途中でストップさせたくらいでした。これ以上続けても学術的な意義はあるかもしれないけれども、ニボルマブのほうが有効だとわかったのだから倫理的に問題だと判断されたのです。その後、それまで抗がん剤を投与されていた患者にもニボルマブが処方されました。

立花 どう感じましたか、その劇的な展開を聞いたときは?

本庶 それほど驚きませんでした。私がこの薬の効果を確信したのはもっと前です。2006年からアメリカで臨床試験がはじまり、効いているらしいという噂を耳にしていたのですが、その結果は2012年6月に「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」で発表されていました。報告された症例には、治療を止めた後2年以上がんが大きくなっていないものが多数含まれていたのです。これに世界中の医療従事者たちがびっくり仰天した。

立花 なぜですか。

本庶 当時は免疫療法が効くなんて信じる人はほとんどいませんでしたから。しかも試験に参加したのは、従来の治療法ではもう手の施しようがないと言われた末期がんの患者さんたちでした。にもかかわらず、2年以上がんの大きさが変わらない人も、小さくなる人もいた。これだけ効果が長続きすることも、従来の抗がん剤ではなかったことでした。

 それで「ウォール・ストリート・ジャーナル」(2012年6月2日付)は一面で「人類とがんの長い戦いに終止符を打つ期待の最新研究が始まった」と報じました。ヨーロッパのマスコミも大騒ぎした。全然話題にしなかったのは、日本のマスコミだけでしたね。

海外メディアでも話題に