「消えない落書き」

最終回

エンタメ スポーツ
 

 岩手花巻東高校の大谷翔平が最上級生となった2012年の春、北海道日本ハムファイターズ内部ではすでに彼を1位指名する方針が固まっていた。

 高校卒業後には日本球界を飛び越えて、そのままアメリカへ渡るという報道がメディアを賑わしており、他球団の多くは指名を回避する方向だったが、それとは関係なく、“その年の最もいい選手を指名する”のが球団方針だった。チーム統轄本部の岩本賢一は、編成部門トップの吉村浩が早い時期から「花巻東の大谷翔平が欲しい」と口にするのを耳にしていた。

 ただ、そんなファイターズ内でも一つだけ定まっていないことがあった。彼が投手なのか打者なのか、意見が割れていたのだ。どれだけ才能がある選手でも、プロの基準に照らせばピッチャーかバッターかのどちらかに分類されるものだが、大谷はかつてないほどその見極めが難しい選手だった。編成会議に出席した監督の栗山英樹も「どちらかに決められない選手だ」と口にした。

 秋のドラフトが近づいてきても議論は続いていた。この頃になると現場のコーチングスタッフからも、球団における高卒ドラフト1位の成功例であるダルビッシュ有に比べると大谷は手足が長すぎるため、投手として大きな身体を制御するのが難しいのではないかという意見が寄せられていて、依然として誰も答えを見出せずにいた。

 そんなある日、岩本は移動のタクシーに吉村と同乗していた。他には現場のスカウトが1人乗っていた。車中の話題は自然とドラフトへ向き、やがて大谷のことになった。

「一体、どっちなんですかね」

 スカウトが呟いた。答えの出ない問いを反芻したという類の何気ない一言に、後部座席の吉村が口を開いた。

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source : 文藝春秋 2025年10月号

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