大谷翔平「二刀流」の原点 日ハム栗山監督、大渕スカウト部長が語る“巨大な才能”の軌跡

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「エースと4番、両方できる選手に育てたい」と言うと大谷は少しだけ微笑んだ

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まだ二刀流というフレーズが生まれる前から、栗山と球団のフロントマンは、巨大な才能に対する畏敬を共有していた
▶大谷は高校時代から「誰も歩いたことのない道を歩きたい」という信念だけは確固として感じさせた
▶あのとき、この球団の男たちが下した一つ一つの決断が、アメリカ大陸へ続く二刀流の道をつくった

投手なのか、打者なのか

 まだ未曾有の震災に人々が呆然としていた2011年6月はじめ、スポーツキャスター栗山英樹は被災した沿岸部の高校の野球部を追いかけていた。ある日、その高校が強豪・花巻東と練習試合をすることになった。そこで初めて大谷翔平という選手のプレーを生で見た。

《僕はずっとプロ野球を見てきましたが、ネット裏から見たボールの角度、スピードが本当に衝撃的でした。バッティングもその後に彼の打球を見て確信するものがありました。自分の体感として、彼が投手なのか、打者なのか、誰も決めることはできない。この可能性を消す権利は誰にもないと思ったんです》

 そして、どういう巡り合わせか、栗山はその秋に北海道日本ハムファイターズから監督就任の要請を受けた。あの日、花巻で見た青年とは、プロ監督とプロを目指す選手という間柄になった。

 2012年のシーズンが始まると、栗山は日々指揮を執るだけでなく、編成面での意見も求められた。

 今年のドラフトで誰を指名すべきか? GMである山田正雄やGM補佐の吉村浩と会談するたびに、栗山は「大谷翔平」の名前を挙げた。そうしたやり取りのなかでフロントからは何度かこう訊かれた。

「彼は投手か、野手か、どっちでしょう?」

《でも、僕はどっちか決められない選手としか言いようがなかった。その場にいた人たちも誰もどっちだとは言わなかった覚えがあります》

 まだ二刀流というフレーズが生まれる前から、栗山と球団のフロントマンは、巨大な才能に対する畏敬を共有していた。

「予想以上に手強い」

 2012年のドラフト会議を1ヶ月後に控えた9月末、日本ハムのスカウトディレクター大渕隆は花巻東高校を訪れていた。1位指名する方針の大谷と面談をするためだった。

《彼が高校から直接メジャーに行こうとしているのは知っていました。でも僕は正直、「高校生が? そんな馬鹿な」と思っていたんです。過去の例を挙げて話せば、すぐに心を動かすことができると考えていました》

 だが、予想に反して大谷は鋼鉄のような表情を崩さなかった。

《こっちが何を言っても表情が動かないんです。ものすごい意志を感じました。表面的なものでなく、心底から本気なんだとわかりました》

 目の前にいる学生服の青年がとても18歳とは思えなかった。大渕は花巻から北海道へ戻る途中、上司である山田の携帯電話を鳴らした。

「予想以上に手強い。まずいです」

 それでも球団は大谷の1位指名を変更しなかった。ドラフトの2日前には、その方針を表明した。

「取れる選手ではなく、取りたい選手を取るのがドラフトです」

 山田の言葉は、大谷の意志と同様に揺るぎなかった。大渕はそれを聞いて覚悟を決めた。

《ドラフトの枠が一つ無駄になるかもしれないと考えればリスクです。でも球団として常に最も取りたい選手を指名する姿勢でやってきました。それによって結果も出ていた。あのときも、球団理念を貫いてGMが決断したんです。そうなれば、僕はもうやるしかなかった》

 会議当日、メジャー挑戦を表明している大谷を指名したのは12球団のうちで日本ハムだけだった——。

 ドラフトから1週間後、大渕はひとり、ファミリーレストランにいた。そこで大谷の心を変化させる光明を探していた。

 指名した翌日、山田と花巻東高校に挨拶に出向いたが、本人はその場に顔を出すことはなかった。世の中からは、「若者の夢を潰す気か」という球団に対する批判も出ていた。

 微(かす)かに糸口が見えたのは、2度目の指名挨拶のため、岩手県奥州市の自宅をたずねたときだった。

《お父さんとお母さんに会って、できれば国内と考えていることが伝わってきた。だからまず両親に、こちらについてもらおうと考えました》

 大渕はそのために資料をつくろうと考えた。感情ではなく、頭に訴える論理を示したかった。朝からファミレスのテーブルにパソコンを広げていたのは、そのためだった。

《本人を説得しようとしたら、そこで交渉が終わってしまうと思ったんです。僕らは彼にとって敵ですから。だから、最大の理解者である両親から、こんな資料をもらったよと、リビングのテーブルにでも置いてもらえば、本人が見てくれる可能性もあると考えました》

 コーヒーを傍に、3日間ほどかけて作成した資料には、大リーグのマイナーシステムがふるい落としを目的としているのに対し、日本はすくい上げるシステムであること、韓国では高校から直接、大リーグに挑戦する選手がいるが、メジャーで活躍する確率が低いこと、日本人メジャーリーガーが数字を残せているのは、日本で精神面やパワーに対抗する技術を確立し、メジャー契約でアメリカに渡ったからだということをデータとともに記した。日本ハムが大谷翔平の夢をともに叶えようとしているのだとわかるように書いた。

《うちに来てくれということではなく、本人の夢を叶えるためにファイターズに来てほしい。その思いは、みんな同じでした》

 30ページに及ぶ資料に、大渕は「夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」とタイトルを付けた。

 数日後の第1回入団交渉に大谷は現れなかった。だが、両親に資料を渡し、プロジェクターを使って説明した。それが終わると、資料についてメディアにも説明した。それによって、批判的だった世論も「ファイターズならいいんじゃないか」という声に変わってきた。

画像3
 
大谷氏

パイオニアになりたい

 だが、大渕の不安は消えていなかった。大谷本人の決断である以上、交渉はいつ終わってもおかしくなかった。そんな中で、ひとつ胸に引っかかっている言葉があった。

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source : 文藝春秋 2021年7月号

genre : エンタメ スポーツ