日産自動車が2027年度に市販化する予定の次世代プロパイロット。その試乗会に参加した直木賞作家の伊与原新さんは「AIがここまで進んでいるのは想像以上でした」と語る。日本の高齢化社会の課題を解決する、最先端運転支援技術の可能性を開発責任者の飯島徹也さんに聞く。
――伊与原さんは今日、次世代運転支援技術(プロパイロット)を実際に体験されましたが、どうでしたか。

伊与原 驚きました。事前に説明された「熟練ドライバーの運転のように」という言葉どおりでした。運転席の飯島さんは何もしていないのに、銀座の街中を開発試作車が周囲とアイコンタクトをしているかのようにスムーズな動きで走り、怖さはありませんでした。自分の運転と比べても違和感はなく、僕ならここでブレーキを踏んでこう行くだろうなというタイミングで行くし。いや、僕以上に安全運転かもしれませんね。
――今回の次世代プロパイロットには、最先端のAIによる運転支援技術が使われているということですが、飯島さんがこれを開発したイギリスのスタートアップ企業、ウェイブ社を知ったのはいつ頃だったんですか。

飯島 じつはわりと最近で、昨年1月にロンドンで初めて試乗させてもらいました。そのときは、確かに今までとはちょっと違うなと感じましたが、実用化には時間がかかるとも思いました。ロンドンの街中を賢く走るんですが、混雑しているから時速30kmほどで走っていて、それを超えると巧く走れないところもありました。まだ研究段階というのが、最初の印象です。ところが、半年ほどして高速度域でも問題なく走れるようになった。その進化の早さに驚かされました。このスピードで能力が拡張していったら、大変なことになる、そのポテンシャルの高さに、これは実用化するべきであると。
人間の脳を再現するAI
伊与原 ウェイブ社の生成AIを使った運転支援技術は、これまでとまったく異なるアプローチをしているとのことですが、分かりやすく説明してもらえますか。
飯島 2016年に高速道路の単一車線での運転支援技術を市販化した日産は、3年後のプロパイロット2・0で複数車線での運転支援を可能にしました。これは人間の脳が行っている実際のプロセスを認識、予測、行動計画と単純化して再現しようとしたものです。高速道路では景色全体の理解は必要なく、周囲の車両の位置情報と速度差、車線との位置関係を認識し、次に予測し、行動計画を立てるという3つのプロセスを繋げることで実現しました。カメラ、レーダー、ソナーで認識し、位置関係を3D高精度マップに落とし込みます。次は当然、一般道ということになりますが、運転に必要な要素を簡素化できる高速道路とは違い、一般道はまさにカオスです。前後左右の車両や人の位置、車線、横断歩道、信号などを認識すれば運転できるだろうと仮説を立ててやってきましたが、思わぬ動きをする車両や自転車や歩行者をすべてトラッキングすることはできません。
伊与原 今日も前を走っていた車が突然、ハザードランプを点け路上駐車したり、横断歩道がなくても歩行者が道路を横断したりしていました。
飯島 そうしたさまざまな事象の動きをすべてトレースするのは限界がありますし、認識し損ねたら、次の予測、行動計画に繋げられません。非常に脆弱な思考回路だったわけです。対してウェイブ社は、人間の脳をそのまま再現しようとしたんです。その考え方は昔からありましたが、高性能チップなどハードウェアのパワーアップと、生成AIの急激な進歩で可能になったんです。
伊与原 人間の脳を再現するとは、具体的にどうやっているんですか。
飯島 私もAIの専門家ではないので詳しい説明は省くとして、たとえば人間は目の前の景色を見て、アクセルとブレーキとハンドル操作に反映させるわけですね。この景色のときにはどう操作したのか。そのシチュエーションごとのデータを膨大に集め、AIに学習させます。
伊与原 要するにカメラがとらえた景色と、その際にどれほどブレーキを踏みながら、どのくらいハンドルを切ったかという結果を直結させ、エンドツーエンド(E2E)で学習させたということですね。
飯島 はい。まず一つのシーンに対して、画面全体に何が映っているかを深く理解させ、次に起こることを予測する。現実に起こっているデータをそのまま使うこともあるし、似たようなデータを人工的に作ることもあります。その変化のパターンを無数に作り、それぞれの変化に対する行動の違いを覚えさせてAIの中に思考回路を形成する。それは、じつは人間が運転を覚える過程と同じなんです。たとえば40万kmを走った熟練ドライバーは、さまざまな景色の変化を見逃さず対応できます。過去の豊富な経験から、似たような記憶を思い出すからです。AIも同じで、学習するデータが多ければ多いほど変化のパターンが増え、賢くなります。そのために、ウェイブ社ではロンドンのタクシーやバス、配送業者の運行データを集め、トレーニングしたと聞きました。
――プロパイロット2・0とは異なるアプローチがあると知ったときは、ショックではなかったですか。
飯島 それまでの方法論では限界があると感じていたのは事実です。ただ、その限界を突破できるとなったら、一刻も早くという気持ちでした。日産には、「他のやらぬことを、やる」という企業風土があるんです。

NISSAN
レベルの論議は意味がない
伊与原 2027年度に市販化されるときは、ウェイブ社のAI運転支援技術に加え、次世代ライダー(高精度な3D情報を取得するセンサー)とレーダーを装備されるそうですが、理由を教えてください。
飯島 主に高速走行時の安全性を高めるためです。高速道路は制動距離が長くなるので、より遠くまで見通す必要があります。ライダーはカメラより遠くの形状認識能力に優れ、しかもレーザー光ですから夜間でもよく認識できます。遠方の路上の小さな危険物や、アメリカの夜間のような大変暗い高速道路を走行する時に前方で停止している車も、ライダーが安全に回避してくれます。私たちはこうした安全システムを、すでに「Ground Truth Perception」技術として発表しています。
伊与原 市販化されるまであと1年半ほどありますが、さらなる学習期間ということでしょうか。
飯島 はい。数多くの開発試作車で日本中の道路を四季を通して網羅的に走り、データを集めます。日本の交通環境で教育することも必要ですし、能力の確認、それから特殊な状況下では自動的にシステムを停止することも学ばなければなりません。
伊与原 たとえば、豪雨でアンダーパスに水が溜まったときとか。
飯島 人間同様、カメラで道に溜まった水は認識できますが、どの程度溜まったら先にいけないと判断するか。あるいは地吹雪でどこまでが道路か分からなくなったときなど、システムを中止することも教えないといけません。
伊与原 だから、市販化されるときは、ドライバーに責任があるレベル2なんですね。
飯島 この次世代プロパイロットは一般公道ではハンドルに手を添えて、高速道路ではハンズオフで運転できますが、何かあったときはドライバーが運転を替わります。ただ、私はレベルの論議を机上で先行させても意味がないと思っています。なぜなら、人間の運転能力を簡単に定義することはできないことがわかってきているからです。レベル3以降は、車が人間に替わって責任を持つ、いわば車が免許を持つことになります。機械の能力が人間と同等だと判断するためには、車に免許を与える前に、ドライバーが責任を持ちながら、使う人が自身の運転と比べて機械の能力を評価することを数多く積み重ねていくことが必要になると思っています。
伊与原 チャットGPTも、みんなが試してみて、おっ、これは使えるぞ、作文も書けるぞとなったわけですからね。飯島さんのAIドライバーへの評価はどうなんですか。
飯島 いますぐにでも免許をあげたいくらいです(笑)。でも、私一人が言ってもダメなので、何万人、何十万人が使ってみて、自分と同じかそれ以上に安全に運転し、事故を起こさないから大丈夫、じゃあ免許をあげようとなるのが一番早いのではないかと思います。
――このウェイブ社のAIドライバーは、それぞれの車が常時データセンターと繋がっているのですか。
飯島 いいえ。大本の巨大モデルはデータセンターにありますが、それを車載チップに圧縮して搭載しています。ですから市販化するときには、安全に使える状態にトレーニングされています。さらに、定期的に車から走行データをアップロードし、より賢くなったAIをダウンロードします。人間だって、大学を卒業してからも勉強は一生できますから。

明るく楽しい移動社会を
伊与原 近年は科学技術が高度化、細分化しすぎて、新しい技術に対する不信感や恐れが人々の間で増しているように感じます。自動運転技術もその一つかもしれません。「本当に大丈夫か?」と。でも、少し冷静になって考えてみれば、科学や技術は確実に人々の生活を豊かで安全で、便利なものに変えてきました。
飯島 私は次世代プロパイロットがブレークスルーとなり、市販化して10年以内に、いや早ければ5年くらいで完全自動運転の時代が来るのではないかと思っています。そうなったら、車での移動時に人間が強いられていた過酷な労働、360度すべてに集中しなければいけないという作業から解放されるんです。そのほうが便利でいいに決まっているじゃないですか。高齢ドライバーも、免許を返納しなくてよくなる日が来ます。日産が掲げてきた「ゼロ・フェイタリティ(交通事故死ゼロ)」にも大きく近づきます。事故や移動時のネガティブ要素がない、明るく楽しい移動社会になると思います。
伊与原 今回試乗させてもらって、自動運転技術は日本の多くの社会課題を解決する可能性が高いと感じました。高齢化、過疎化、人手不足が進む中でも、公共交通や物流が維持できる。それによって都市への人口の集中が緩和される一方で、人々の移動や交流の機会が増し、この日本の広さ、豊かさを再認識すれば、新たな視点やアイデアが生まれ、社会全体が活性化する。僕にはそんな未来社会が目に浮かびます。
伊与原さんの「次世代プロパイロット」試乗の様子は文春オンラインでご覧いただけます。
次世代プロパイロットの動画はこちら
提供:日産自動車
source : 文藝春秋 2025年12月号

