1952年の『西鶴一代女』から『雨月物語』『山椒大夫』とヴェネチア映画祭3年連続受賞、不朽の名作を残した溝口健二(みぞぐちけんじ)(1898―1956)。独特の美学に満ちた映画づくりの秘訣を、のちに『ある映画監督の生涯―溝口健二の記録』を撮った映画監督の新藤兼人(しんどうかねと)氏が語る。
昭和16年、松竹で『元禄忠臣蔵』撮影中のことです。私は脚本部ではまだかけ出しで、このときは美術監督の助手として、溝口監督の下に初めてついていました。
「討ち入りのシーンは撮りません。人を斬るならチャンバラ芝居でなく、真剣で本当に斬らねばならない。斬ったら刑務所行きです。だから撮りません」

溝口監督がこう宣言した。すでに吉良邸のオープンセットの建て込みを終えていた私は仰天しました。しかし巨匠溝口が「映画の真実」を追究するために真面目に言う以上、仕方がない。一事が万事、この調子です。
役者に対しては、朝から晩までカメラをロングに構えたまま、テストを繰り返す。
「反射してください」「心理的にやってください」というのが口癖で、つまり心理的に演技をし、相手がその演技を反射して演技せよという。しかし具体的な指導はしません。たまりかねた役者が「先生がやってみてください」と言おうものなら、色白の頬を紅潮させて「私は役者じゃない! 君、月給分だけのことはやりなさい!」と怒る。ある時など「君、脳梅毒じゃないか」と言ったら役者が真に受けて検査に行ったそうです。
最初は傲慢な人だなあと思いました。当時は2週間ほどで一本撮り終えるのに、毎日テストばかり。しかしラッシュフィルムを見て衝撃を受けた。「映画」ではなく、「真実」としか見えないものが映っているのです。
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source : 文藝春秋 2008年9月号

