
〇企画趣旨
2025年、日本企業はこれまで先送りされてきた構造的課題への対処を本格的に迫られています。深刻化する人手不足とスキルギャップ、事業ポートフォリオの陳腐化、部門間の連携不全、属人化による業務停滞など、組織の内側に横たわる問題に加え、生成AIやデジタル技術の急速な進展、サプライチェーンの再構築圧力、ESG・カーボンニュートラルへの対応、地政学リスクによる調達・輸出入の不確実性など、外部環境の変化も激しさを増しています。また、「全社最適」を目指す経営と「個別最適」に陥りやすい現場の乖離、DX推進の名の下に疲弊する組織風土、戦略と人材戦略の不一致など、解決の糸口が見えにくい複合課題が経営陣の意思決定を困難にしています。
本カンファレンスでは、こうした経営を取り巻く多層的な課題群を整理し、企業が優先して向き合うべき「経営課題のメインアジェンダ」を明確化します。さらに、人的資本経営のアップデートによる人材戦略の再構築、生成AIとデータ活用による業務と意思決定の変革、縦割りを超えたバリューチェーン再設計、経営企画と現場が一体となった全社最適化の進め方、レジリエンスとサステナビリティを両立する戦略的経営の在り方など、実際の企業事例や専門家の知見を交えて、理想論にとどまらない「実行可能な道筋」を共有した。
■基調講演
経営課題解決に、いまこそ『世界標準の経営理論』を
~ AI大全盛の時代、求められる知の探索と知の深化による両利きの経営 ~

早稲田大学ビジネススクール
教授
入山 章栄氏
慶應義塾大学卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事後、2008年米ピッツバーグ大学経営大学院より Ph.D.(博士号)取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。13 年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 19年より教授。専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。メディアでも活発な情報発信を行っている。
◎After AI企業とBefore AI企業
「AIロボティクス」という会社がある。来期の売上は300億円に達すると予想されているが、従業員は現状わずか27人。つまり一人あたり10億円の売上だ。こうした、組織構造や人材登用などすべてが“After AI”仕様の企業が今後、続々と出てくる。最初からAIベースの企業には、旧来のBefore AI企業は到底勝てない。
ユタ大学の著名な経営学者、ジェイ・バーニー教授と、生成AI時代に何が競争優位の源泉になるかについて対談した際に「AI導入はあまりにも当然のことであり、AIを実装するだけでは競争優位にはなりえない」「現場が強い日本企業とAIが組み合わせられると非常に有望。日本企業には大チャンス」という話が出た。
「本命は“Private AI”」である。人類はまだ、持っている全データのうち1%しかAIに食わせていない。残りは会社・企業や人間の中にある。すでに供用されている“Public AI”は差別化の源泉にはならない。自社ならではの情報・データを食わせた独自のAIを作っていく時代が今年の終盤から来る。大規模言語モデルではなく小規模言語モデルでいい。皆さんの会社の強みとPrivate AIに Chat GPTなどのPublic AIが組み合わさって初めて、P/Lにフィットする。勝負はここからだ。既に実装が始まっているRAG(検索拡張生成)やAIエージェントがPrivate AIのさきがけといえる。
アマゾンはAWS(クラウド上のウェブサービス)の中に、すでにPrivate AI用の完全に守られ情報が漏れないスペースを作っている。アドビもプライベートなPDFファイル情報の集積サービスを狙っている。
日本企業は、同質人材の新卒一括採用や終身雇用、同質な働き方、画一的な評価制度をやめ、ダイバーシティを進めなければならない。大企業より、やる気を持つ経営者のいる中小企業のほうがトップダウンが利くため、ダイバーシティ推進やDXには有利だ。本気で変革をしたいなら、CIO/CDOと人事担当役員を兼任にするとよい。デジタル部門のトップが人事権を持ち、DXに成功している企業としてクレディセゾンや丸亀製麺が挙げられる。
なぜAIが必要なのか?イノベーションの時代だからである。本日私がお話しするイノベーションを促す「両利きの経営」が、今後さらに重要になる。両利きの経営をサポートし、皆さんの会社をイノベーティブな体質にするための道具としてAIは非常に役に立つ。
世界標準の経営理論=両利きの経営を思考の軸とすれば、コロナ前も後も本質は変わらない。不確実性の高まりは顕著で、コロナ、国際情勢、資源高、円安、気候変動、SDGs、海外投資家、人材不足、若者はベンチャーへ……事業環境の変化は多様かつ著しい。AI、クラウド、Xテック、IoT、Web3.0、NFT、DAO(分散型自律組織)、量子コンピューティング、衛星データ……デジタル破壊は加速度的に進む。経営会議で考えなければならない“変数”はこれだけある。変革・イノベーションが勝負を分ける。
イノベーションの第一歩は新しいアイディアを生み出すこと。そして、イノベーションの本質とは「知と知の組み合わせ」だ。“Development in our sense is then defined by the carrying out of new combinations”(経済学者シュンペーターの言葉)。イノベーションは知の掛け合わせ組み合わせ、新結合により起こる。掛け算であるからゼロからは生み出せない。
イノベーションの最重要理論は「Ambidexterity=両利きの経営」だ。歴史ある大企業は、目の前にある知と知の組み合わせはすでにやり終えている。身近なところにある知からは、イノベーションは絶対に生まれない。離れた遠いところにある知を探して持って帰ってくること、Exploration=知の探索を推進しなければならない。それを目の前にある知と新たに多様に組み合わせ、これは利益を産みそうだと判断したらExploitation=知の深化を行うのだ。
「トヨタ式生産システム」は米国のスーパーマーケットの手法を、カルチュア・コンビニエンス・クラブの「TSUTAYA」は消費者金融のビジネスを持ってきて自社の知と組み合わせた。遠くのもの(知)を幅広く数多く見て持ってきて、効率化して磨き込んでイノベーションにつなげた。知の探索と知の深化の両方を高いレベルでバランスよく実行できる企業・組織・経営者・ビジネスパーソンがイノベーションを起こすことができるのだ。
この両利きの経営を先鋭化させていかないと会社は生き残れない。探索は一見無駄なことにも見えて失敗も多いため、企業はどうしても現在利益が出ている事業などの深化のほうに偏りがちだ。これをCompetency Trap=競争力の罠という。しかし、探索と深化は両方を並行して、バランス良く行わなければならない。知の探索を促す施策をしっかり入れて、両利きの経営を行わないとAI時代に生き残れない。海外のトップ企業はすでに両利きの経営を実践している。

両利きの経営、知の探索をどう行うべきか。ゴーゴーカレー創業者の宮森宏和氏の座右の銘は「発想力は、移動距離に比例する」だ。人間の認知能力や行動範囲には限りがある。私が知る優れたイノベーターや経営者は、例外なく移動距離が長く行動範囲が広い。日本中世界中を飛び回って、見たことのない現場を見て会ったことのない人に会って、面白いなと思ったものを持って帰ってきて組み合わせる。これが大切である。
AIは、イノベーション(=両利きの経営)のために不可欠の手段。デジタルで知の探索を促し、デジタルで知の深化を徹底化するのだ。人間には認知の限界があり、探索には限界がある。AIやデジタル技術を活用すれば知の探索の手助けになる。例えば三井化学はAI(LLM)を使い、化学関連の世界中のあらゆる論文や特許情報、SNSのつぶやきまでをもデータベースに取り込んでマッピングし、事業化して攻めるべき分野の決定に役立てている。
デジタルは探索だけでなく、深化のインフラにもしたい。知の探索においては無駄に見える失敗も多い。しかし、事業化して投資すべきかどうか、失敗しそうでもやるかどうかの最終決定は人間にしかできない。一方、無駄を省き確実にこなす知の深化はデジタルが得意とするところでありAIで代替できる。AIに代替してもらって、知の探索側に優秀な人材を振り分けたい。
Ghat GPTは無難なことを言うのが得意で、意外なことは言わない。仮に言ったとしても試せないし、責任は持てず決められない。AIは正解のない中で決めることはできないのだ。今後、AIで知識はコモディティ化する。AI時代の人間の役割は、正解がない問題課題を自分でしっかり判断して決めることだ。それができる人材や組織は強い。
今後、仕事に“スマイルカーブ現象”が起きる。情報の伝達・整理を真ん中=中流にして、価値のある仕事は今後、上流と下流へ流れていく。

現状は中流に人材が厚い企業が多い。しかし今後は、答えがない中で長期方針を決める=上流と、リアルな現場での行動・意思決定=下流、にいかに人材をシフトするかが非常に重要だ。ポイントは“人事”だ。上流は人数がさほど要らないので、現場=下流に人材をいかに移すか、である。
例えば丸亀製麺は、中流部分の(余分な)仕事をほぼAIとDXが担っている。ゆえに人的余裕が出て店舗=現場でおいしいうどんが打てる。接客の質も上がるので、顧客満足度が上がる。人類は肉体労働と頭脳労働を行っていたが、それは機械やAIが担えるようになった。人間に残されている大切な仕事は「感情労働」なのだ。
日本は世界屈指の“おもてなし大国”であり、日本のチャンスは大きい。BtoB営業やものづくりの最重要部分においては人間が担う部分がまだまだ多い。接客、サービス、営業の現場が日本は強い。そことAIやデジタルをうまく組み合わせれば勝てるチャンスは十分にある。そのためにも中流から上流と下流への人材シフトをうまくやりきれるかがカギだ。
AIの発達により、大学生でもそれなりのことが言える時代になった。となると「何を言ったか」より「誰が言ったか」。つまり(説明)責任と全人格が重要になる。個人だけでなく、企業の人格も問われる。
従来のAIは帰納型だったが、今後は推論できるAI=演繹型のAIも出てくる。となると人間の「価値判断」が重要になる。前述の通り、知の探索においては答えがない。AIの回答を鵜呑みにして信じるか、立ち止まって考え直すかが人間とAIの境目。そこで、哲学・思想・宗教が重要だ。これらはAIにはない。哲学や思想がしっかりしている会社はAI時代においても生き残れる。
まとめは以下。
・AI革命はここから。本命はPrivate AI
・両利きの経営(知の探索、移動距離)
・AIと両利きの経営(AIは人の認知を広げ、知の探索を助ける/AIは知の深化のほとんどを代替し、人を解放する)
・AIは決定できない、責任を取れない
・人は上流と下流にシフト
・現場が強い日本企業はチャンス。経路依存性を打破せよ
■課題解決講演(1)
利益率改善へ
~コストゼロで「賃上げ効果」を実現する手取り経営の設計とは?~

株式会社マネーフォワード
マネーフォワードビジネスカンパニー
福利厚生事業本部 本部長
柏木 祐輔氏
(株)日本総合研究所、デロイトトーマツコンサルティング合同会社にて、事業戦略や新規事業、人事制度の設計を支援。スタートアップの取締役COOに従事し、その後(株)シャトクの取締役COOとして福利厚生事業を推進。2024年12月にマネーフォワードへのグループジョインに伴い、福利厚生事業本部の本部長として福利厚生事業を引き続き推進している。
◎コストをかけずに“賃上げ効果”を実現する手取り経営
2022年頃から賃上げが進んでいる。しかし、賃上げは一度実施すると元に戻すことは難しく、経営側にとっては継続的な人件費増加につながり利益率を圧迫する。実際、23年、24年と人件費倒産が急増しているという調査結果もある。
また、国民負担率=(租税負担+社保負担)÷国民所得も増加傾向にあり、「103万円の壁」で論議がある最低課税額が仮に123万円に引き上げられた場合も、手取りアップは限定的だ。「給与を上げるしかない」発想は限界に来ているのだ。
第3の賃上げとも呼ばれる、給与以外の報酬を見直すアプローチはさまざまある。とはいえ、場当たり的な制度の導入・改定では、効果が一過性/不公正・不透明感/コストや運用負担などの面でむしろ逆効果となり得る。
人権費を増やさず、手取りを増やす。それは、仕組みによって給与を減額し実質的な手取りを増やす「手取り経営」を行うことで実現する。実質的な手取りアップは採用、定着率の向上に繋がる。離職理由の本音は福利厚生も含めた「報酬面」だ。入社1年で社員に離職された場合その損失は約525万円、という算定事例もある。手取り経営でバックオフィスが原資を生む部門になるのである。
◎実質無料で手取りアップを実現する
「マネーフォワード クラウド福利厚生賃貸」の概要は下記スライド参照。

対象者は、従業員の中で賃貸個人契約をしている人。現在住んでいる物件(引っ越し時も可)を法人名義に変更し、賃貸費用分を給与から差し引く。法人=従業員の雇用主のコストアップはない。家賃の70%給与を減額し(社宅で受給という建て付けで従業員合意)、家賃の30%を給与から控除する。例えば月収40万円・家賃10万円の場合、従業員は年22万円(月1.8万円)手取りがアップし、法人は年間12万円(月1万円)コストが削減される。
採用および離職率へのインパクトは大きい。採用の募集要項から、従業員向けの制度説明やシミュレーションができるウェブサイトに遷移させ、福利厚生をアピールすることも可能。長期で勤めたい=会社が大事にしたい人により恩恵をもたらし、定着させる施策といえる。
料金については下記スライドを参照。

5年間の投資対効果でみると(月収30万円として)利用者数が3人の場合メリット合計は約430万円。利用者50人の場合メリット合計は約7300万円、利用者100人の場合メリット合計は約1億4600万円となる。なお現在、名義変更時費用を無料にするキャンペーンも行っている。利益率改善/採用へのインパクト/離職防止の「一石三鳥」の施策といえるのではないだろうか。
当社はこの施策の普及を妨げてきた課題も解決している。(1)超大手企業中心の利用でそもそも知られていない⇒中堅・中小企業にも提供可能に (2)導入・運用工数が膨大⇒業務代行しつつ、システムで簡単導入・運用 (3)制度が複雑でリスクがあると感じてしまう⇒リスクヘッジできる仕組み・システム提供、がマネーフォワード クラウド福利厚生賃貸の特徴だ。
導入した企業の経営者からは「社員との食事の席で、すごく良い制度だと言ってもらえて実際の効果や意義を体感」「手取りが4~5万円上がった社員もおり、額面だと8~9万円上がった程度のインパクトがあるためとても喜んでいた」「社員の選択肢が増えることこそ豊かさの一つだと思い、導入を決定」「導入によって社員が自由に使えるお金が増えた」というコメントが寄せられている。
まとめは以下。
(1) 手取り経営は、企業の利益を守りながら、従業員の手取りを増やすことができる
(2) マネーフォワードクラウド 福利厚生賃貸は、手取り経営を実現するための具体的なサービス
(3) 採用へのアピールや離職率の低下に寄与し、投資対効果が高い
■特別講演(1)
経営課題解決のメインアジェンダ ‐ 稼ぐ力の創出、成長機会の醸成
~ 非財務資本と企業価値を繋ぐ”柳モデル” と”インパクト会計”の実践知 ~

早稲田大学会計研究科 客員教授
エーザイ株式会社 元専務執行役CFO
博士(経済学)
柳 良平氏
京都大学博士(経済学)。公職として東証上場制度整備懇談会委員、2021年G7 Impact Taskforce委員等を務める。非財務資本と企業価値を繋ぐ「柳モデル」を提唱する。職歴としては、銀行支店長、メーカーIR・財務部長、UBS証券エグゼクティブディレクター、エーザイ専務執行役CFO(22年6月迄)等を経て現職。早稲田大学会計研究科客員教授として15年以上大学院で教鞭を執る。
PBR※1が示唆する財務価値と非財務価値の話から。PBRは日本が1倍台だが、英国および世界平均は約2倍、米国は4倍を超える。非財務資本(ESG※2)とは、知的資本/製造資本/人的資本/社会関係資本/自然資本だ。市場付加価値(自己創設のれん)でもある。PBR1倍越えの部分は非財務資本、特に人的資本などの見えない価値にかかわっている。特に日本では、非財務資本の(価値の)もう一段の説明や理解促進が必要ではないか。
※1 株価純資産倍率=Price Book-value Ratio ※2 ESG=環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)
私が行った世界中の投資家へのアンケートでも、「ROEとESGを両立して価値連関性を示してほしい」という声が年を追うごとに増え、2022年には86%に達した。また、「ESGの価値のすべて、あるいは相当部分は(長期的に)PBRに織り込まれるべき」という意見も多い(22年で両方で76%)。

上記のスライドのような「柳モデル」を考案し、著書や論文で発表し早大などで講義もしてきた。実証結果を初公開したのが2019年の「エーザイのESGのKPIとPBRの正の関係」だ。エーザイのESGのKPI88個を平均12年遡及して(1088件の説明変数)、28年分のPBR(被説明変数)と可能な限り照合した。障がい者雇用率、人件費、顧客の数、問い合わせの数などが5~10年遅れてPBRを高めているという有意な結果が得られた。
エーザイにおける柳モデルのハイライトは以下。
・人件費投入を1割増やすと5年後のPBRが13.8%向上する
・研究開発投資を1割増やすと10年超でPBRが8.2%拡大する
・女性管理職比率が1割改善すると7年後のPBRが2.4%上がる
・育児時短制度利用者を1割増やすと9年後のPBRが3.3%向上する
これらは、エーザイのESGのKPIが、各々5~10年の遅延浸透効果で、企業価値500億円から3000億円レベルを創造することを示唆している。もちろん、サンプル数が少ない、インサイダー情報であるため同業他社比較を開示することができない、相関であって因果ではない、といった考慮すべき点はいくつかある。
エーザイという一企業だけではなく、日本企業全体の傾向はどうか?人件費、研究開発費へのPBRへの遅延浸透効果を調べた。結果、TOPIX100,500企業全体の傾向を見ても人材への投資、知的資本への投資が、長期的に企業価値向上に寄与していることが判明した。短期ではなく、長期の視点で考え、長期投資家に訴求していくことが重要である。
既に、非開示を合わせて100社以上が柳モデルを採択している(アビームコンサルティングのデジタルESG)。柳モデルの採用社数が増え、日本企業の企業価値を高める共通のESG指標も判明してきている。アビームが集計したTOP30上位には、役員体制の強化/従業員の採用/仕事と介護の両立/人材の育成/仕事と育児の両立などが入っており、人的資本が企業価値向上の鍵である証左となっている。
アビームTOP30の3分の2のKPIと、アモーヴァ・アセットマネジメント(旧・日興アセットマネジメント)によるTOPIX構成全銘柄を対象にした回帰分析において整合する結果も多々得られている。アビームTOP30のESGのKPIは、日本企業共通としてPBRを高めていく蓋然性が高い項目、といえる。柳モデルはおおむね日本企業全体に適用できるのではないかと考える。
2019年までにハーバード・ビジネススクール(HBS)が提唱した「インパクト加重会計*3」は、ESGや非財務の会計においては世界のデファクトスタンダードになっている。
*3 HBSのインパクト加重会計イニシアティブ(IWAI)は2022年にIFVIへ、2025年にはCapitals Coalitionに発展している。一方で欧州では実務者グループであるVBAがインパクト会計を推進している。

日本においては、HBS公認のインパクト加重会計をエーザイの協力を得て私が初めて行った。エーザイは、従業員インパクト会計(単体)で2019年に269億円の正の価値を創出している。最終的に投資効率は約75%と算出され、当時の論文やエーザイの統合報告書にも採択された。
HBSの発表によれば、75%の人材投資効率は米国の優良企業と比較しても高い人材投資効率である。当時私はエーザイのCFOであったが、投資家向けだけでなく、社内の人事部門や組合との対応・変革への説明においても柳モデルや従業員インパクト加重会計のデータを使った。
インパクト加重会計と柳モデルの併用を、VBA/IFVIなどの企業会計関連の国際機関は訴え始めている。インパクト会計は非財務資本の変化の絶対値、あるいは社会的インパクトの絶対値を測る(前述例=エーザイの雇用のインパクトは269億)。一方、柳モデルは人件費とPBR、つまり企業価値との相関関係を出していく。これらの併用が重要だ、ということである。
エーザイは2005年の株主総会で、世界で初めて定款に企業理念を挿入し、株主含めステークホルダーと共有した。会社の使命=患者様と生活者の皆様の満足の増大、がまずあり、売上や利益はその結果、もたらされる。使命は患者の健康を守るためであり、そのために研究開発費やその担い手である人件費、ダイバーシティ実現のためにも女性の登用に先行投資する。その結果、5年後10年後のPBRを高める。
繰り返すが、長期的なESGへの先行投資がPBRを高めるということを統計的に実証したのが柳モデル。「柳モデルはCFOによるパーパス(企業理念)の証明だ」と経営学の泰斗でエーザイの社外取締役でもあった故野中郁次郎 一橋大学名誉教授に言っていただいた。柳モデルは、企業理念という暗黙知を形式知に変換する試み。ファイナンス理論や実証分析、会社のパーパスを同期化する中で、中長期的に企業価値を高めていく。それは基調講演で言及された“両利きの経営”の一端ともいえるし、今後求められる非財務を企業価値に転換していく仕組みにもなっていく。

柳モデルとインパクト会計をツールにしながら、日本企業が潜在的な非財務価値、社会貢献価値、ESGの価値を数値化・定量化・顕在化してステークホルダーの理解を得ることができたら、中長期的な企業価値やPBRはさらに向上すると信じる。
■課題解決講演(2)
大企業に広がる「デジタルの民主化」
ノーコード×AIで加速する企業変革の新潮流

株式会社ドリーム・アーツ
プロモーション&ブランディング本部 P2グループ
栗田 祐賀子氏
大手人材派遣会社で営業企画とマーケティングを経験。その後、(株)ドリーム・アーツに入社しプロモーション&ブランディング本部に配属。マーケティング担当として前職の経験と知識を活かし、日本の大企業における「デジタルの民主化」の実現や業務変革を加速させるべく「SmartDB」のプロモーション活動に邁進中。
◎大企業の業務デジタル化クラウド
当社がDX実現に必要と考えていることは以下の3点。(1)自社プロダクト サービスのデジタル化 (2)ビジネスモデルのアップデート(サブスクリプションなど顧客との長期関係性を育むモデル)(3)業務プロセスのデジタル化
このうち(1)と(2)は、1勝9敗のトライアル&エラー、オープンイノベーションであり、ITコンサルタントやシステムインテグレーターとの協業領域。そして(3)は軽視できない、(1)(2)と同時に取り組むべき課題である。
しかし、業務プロセスのデジタル化には、システム化の待ち行列/莫大な開発予算/部分的なデジタル化/法改正対応/ありとあらゆることを依頼/慢性的な人材不足・経験者不足/ベンダーコントロール疲れ/ユーザーへの対応疲れ、といった課題もつきまとう。そこで当社は「デジタルの民主化」を提唱している。具体的には非デジタル人材のデジタル人材化/旧態依然としたIT産業構造の改革、だ。
前者においては、最も業務に精通する現場部門による“市民開発”で、変革の成功体験を通した自信と確信が得られる。現場のExcelレベルのIT知識のある人材が、変革を担うデジタル人材として次々に育つ。後者では、手法をウォーターフォール型からアジャイル型に、体制を情シス主体の管理体制から現場部門参画の体制に、慣行を多重下請け丸投げシステム開発から協創パートナー型サービス提供にすれば、解決の方向に向かう。
当社の「Smart DB」は大企業を中心に圧倒的な評価を獲得している業務デジタル化クラウド。SaaS型ノーコードツールのSmartDBによって、大企業の業務デジタライゼーションは、柔軟で利用しながら育てていくスパイラルアップ型の業務プロセスとして劇的に変革される。旧態依然としたIT産業の構造改革によって、大企業のDXの土台作りを実現する。
例えばKDDIは、経営判断に直結する稟議申請などの基幹システムを10年以上にわたりオンプレミスで運用してきた。しかし、非効率な業務/柔軟性・連携制の限界/データ活用が進みづらい、といった課題があり、全社1万名越の稟議書システムをSmartDBで刷新した。
すかいらーくグループは、約3000店舗の品質管理に不可欠な最近検査管理システムを刷新した。従来のフルスクラッチシステムでは、細菌検査の手法変更や検査依頼などの業務に大きな変化があるたび膨大な改修コストや時間がかかった。しかしSmartDBの導入で、検査依頼⇒検査室振り分け⇒細菌検査⇒報告までが一気通貫で行えるようになった。大量のデータ管理と、検査の合否判定の自動化が実現したのである。
SmartDBの4つの機能をまとめたスライドは以下。

複数の子データを集約・集計して親データより確認、一元管理が可能なため、フロント~ミドル~バックオフィスまで幅広い業務領域のデジタル化を現場主体で実現することができる。現場の業務一つ一つの業務効率化だけでなく、業務同士を連携させた業務オペレーションが実現するのである。
◎DAPAについて
ある目的のために自律的に行動する=知覚、認識・理解、行動、学習する人工知能システムが“AI Agent”。SmartDBの堅牢な基盤の中に、実用・実務・実践面を支援する「DreamArts Practical AI(DAPA)」が溶け込む。具体的には入力/チェックアシスト、専門家サジェスト、フィルタリング機能、モニタリング機能を持つ。
例えば稟議書制作~承認において、文書の作成スピードと登録内容の正確性がアップし、組織の意思決定とパフォーマンスを加速する。プロンプトの一元管理や改善・設計も誰でも簡単に行うことができる。※各機能の操作・動作デモンストレーションあり
SmartDBによって、実務で本当に使えるAI活用を!SmartDBとDAPAはビジネスAIの民主化を推進し、デジタルの民主化をさらに加速する。
本日のまとめスライドは以下。

デジタルの民主化は、デジタル人材不足解消/部門間の壁を破壊/DX企業文化への変革をもたらす。SmartDBによって、全社で“デジタルパワー”を獲得いただきたい。
■課題解決講演(3)
これからの時代を生き抜く変わりやすい組織とは

株式会社レアリゼ代表取締役
NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会理事長
ビジネススクール ASBS代表
真田 茂人氏
早稲田大学卒業後、リクルート、外資系金融会社、教育研修会社設立を経て、レアリゼ設立、代表取締役就任。NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会設立。理事長就任。2021年、ビジネススクール ASBSを開校。代表就任。日本を代表する大手企業、医療機関、NPO、地方など様々な分野でのリーダーシップ教育を通じて、この国が再び活力ある状態になるよう活動している。
人が持つマネジメント能力・コーチング能力・専門技術などはアプリケーションに、人間観・世界観・価値観・哲学などはOS(オペレーティングシステム)に例えられる。OSを変える、あるいはバージョンアップしないと、高いパフォーマンスを発揮できない。
企業の“SWOT分析”においては今まで、自社のS(強み)を伸ばし、W(弱み)を改善することに注力をしてきた例が多かった。しかしO(機会)やT(脅威)のおかげで一瞬にしてSWが吹き飛ぶこともある。
ロシアのウクライナ侵攻が始まったわずか4日後に、シェルはロシア極東での事業からの撤退を決めた。未来を予測することは不可能という前提において、複数のシナリオを事前に検討済みだったからだ。将来起こりうる変化に対して、戦略思考を実践することは大切。同じプロジェクトに出資していた日本企業はそれができていなかった。
ウクライナ侵攻や新型コロナウイルス禍のような「急激な変化」に素早く対応するには、普段からプロアクティブ=攻めの姿勢で仕掛ける側に回り、ルールメイカー(ルールを作る側)になることが肝要だ。新たなビジネスモデルが既存の法律やルール、市場に対してどのように影響するかを予測し、どのようなルールがあれば自社ビジネスに有利かを考えて、先んじてルール形成の戦略を構築したい。リアクティブ=受け身の姿勢で仕掛けられる側にいて、ルールテイカー(ルールを受け入れる側)にはならないことだ。
では、少子高齢化やデジタル化の進展のような「緩慢な変化」にはどう対処するか。ビジネスモデルの転換、そして企業風土の転換、である。例えば富士フイルムでは、イメージング事業の退潮を新規事業のヘルスケアが補い、収益の柱となった。独自の優れた技術を持っていたことはもちろんだが「変革意識を高めるための専用研修」を導入したことが大きい。トヨタにおける「レクサス理念浸透プログラム」ともども、当社が支援した。
前提・常識・既定路線を疑う/常に新しいことを考える/コトが起きる前に想像し、仮説を立て、構想する──。不確実な時代、現在の成熟した経済環境においては、プロアクティブでありたい。

◎新しいビジョンやアイディアをどう、浸透させるか
人が、変化(新しいビジョンやアイディア)に抵抗する理由には、惰性(現状維持バイアス)/労力/感情面の抵抗/心理的反発、などがある。惰性対策としては、(1)新しいものに慣らす(馴染みのないものを馴染みのあるものに転換=リーダーは何度も繰り返す、小さく始める、変化のプロセスを段階的なものにする、よく知っているものに喩える) (2)選択肢の提示に相対性を取り入れる(選択肢は必ず複数にする、極端な選択肢を追加する)、が考えられる。
前述のシェルは、会議や講演の前日に、シナリオプランニングの一環として会場の避難経路を確認する。BMWは、新任役員研修でドイツのニュルブルクリンク・サーキットを8分以内で走ることを目指すトレーニングをする。「人は言葉より、行動を信じる」。ビジョンを伝える際に、言葉より行動で伝えるほうがインパクトが強い。ビジョンやアイディアを浸透させる有効な手段である。
他人・環境・過去は、直接には変えられない。自分と現在(未来)は変えられる。他人を変えることはできないが、他人に「影響」を与えることはできる。影響力を高めるには、自分(思考・行動)を変えるしかない。冒頭述べた“OSを変える”にあたっては、外的コントロール(他人を変えることはできる)という発想から、内的コントロール(自分を変えることはできる/影響を与えることはできる)に転換することが重要だ。
その転換ができるのが自律型人材の集団、自律型組織であり、そのような組織が新しいマインドやビジネスモデルを浸透させることができるのである。
■特別講演(2)
AI時代の経営課題解決のメインアジェンダ ~ そこに大義はあるか?~
ピンチに踏みとどまり、闘い続ける者が必ず勝利する

DDI(現 KDDI) 創業者
京都大学 総長卓越教授
千本 倖生氏
京都大学工学部(電子工学)卒。米国フロリダ大学博士課程修了、博士号(電子工学)取得。日本電信電話公社(現NTT)を経て、1984年、京セラ社長 稲盛和夫氏と「第二電電(現KDDI)」を共同創業。95年、慶応義塾大学大学教授に就任。その後、ブロードバンドベンチャーの「イー・アクセス」、モバイルベンチャーの「イー・モバイル(現Y!mobile)」を創業。両社の創業者兼代表取締役としてその成長を長きにわたり経営。2015年より環境ベンチャーの(株)レノバの代表取締役会長としてグリーン革命を牽引。シリコンバレーのNetApp等のエクセレントカンパニー数社の取締役や世界最大の通信社ロイター通信社の取締役を務めた。カリフォルニア大学バークレー校、カーネギーメロン大学の客員教授、スタンフォード大学客員フェロー等を歴任。豊富な起業・マネジメント経験と世界に広がる幅広いネットワークで多くのベンチャーの起業と事業経営に関与。現在は京都大学 卓越教授として若手起業家の育成に邁進。
企業、事業を立ち上げるにあたっては「まず始めに思いありき」だ。描けるだけの巨大な夢を描きなさい。1984年に第二電電(DDI)を創業した際は、当時、京都セラミック社長だった稲盛和夫さんと共に「一兆円企業を作る。日本に通信革命を起こす」夢に向かって邁進した。
当時の市外通話料金は非常に高かった。困っている人に手を差し伸べる、多くの人を助けたい……そんなピュアなマインド、ビジョンも持っていた。自分たちだけが儲けよう、と思っていると賛助者・協力者は現れない。最初は「深く強い思い、念」がすべて。そしてそれを昼夜を問わず追究し持ち続けることだ。
2つめに大事なのは「良きパートナーを持つこと」。どんな天才的な人でも、独裁・独善的に事業を行ったベンチャーは99%つぶれている。私の場合、DDIの時は稲盛さん、Yモバイルの時にはエリック・ガンさんという素晴らしいパートナーとトップマネジメントチームを作れた。自分にないものを補ってくれる、私の場合は特にファイナンス面を安心して任せることができた。
3つめに大事なのは「縁を大切にすること」。私と稲盛さんの出会いは京都での講演会後のわずか30分。その縁が、現在の時価総額約11兆円、従業員約5万人のKDDIとなった。もちろんただ会うだけではダメで、「これは!」と思った人にはしがみつくことだ。どういう人と会うかで人生は大きく変わる。縁が人生を変える。
「言葉」も大切だ。言葉も人生を変え、支配する。41歳だった私は50代半ばだった稲盛さんに縁あって会って「新しい企業・事業を作って、貧しい人や困っている人に素晴らしい情報通信を提供しましょう」と話した。それがDDIの始まり。良き言葉を使い、発しなさい。言葉と縁が人生を変える。
4つめに大事なのは「いいと思ったらすぐにとりかかること」。頭がいい、賢いに越したことはないが、それはベンチャーで成功する必須の条件ではない。考えて分析・批判して、準備に時間をかけている間に、ベンチャーの市場参入の“ウィンドウ”は閉じてしまう。10%くらいいいなと思ったらすぐ一歩を踏み出す、実行すること。9割は失敗するが、きれいな失敗であれば何よりの学びになる。成功することはレッスンにならない。
最後に言いたいのは「世界を歩け」。自分の足で歩き手で触り、息づかいで人を感じ、目を見て話さなければ本当の情報は得られない。ネット上でイノベーションは起こらない。私は83歳の今でも年間20回くらい海外に行っているし、国内も合わせると60回くらい出張している。
現場からイノベーションに結びつく知識や情報を得る。そして深い感謝の念を持つことだ。事業パートナーや全従業員に対する感謝の念を忘れた事業は成功しない。そして、配偶者や家庭に対する感謝の言葉がけ、行動も忘れずに。身の周りすべてに感謝の念を持てば、あなたの仕事はいつか最も素晴らしい境地・地位に達するだろう。
2025年10月7日(火) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局

