萩原健一、北尾光司、ケーシー高峰、相澤英之、モンキー・パンチ

蓋棺録

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 歌手で俳優の萩原健一(はぎわらけんいち)(本名・敬三)は、ザ・テンプターズのボーカルとしてデビューし、俳優に転じてからも、やんちゃな少年のイメージで活躍し続けた。

「ジェットコースターのような人生だったが、これからは妻とメリーゴーランドのような、ゆったりした人生を送りたい」。2011(平成23)年、モデルの冨田リカと最後の結婚をしたさい過去を振り返りつつ語った。この時すでに病巣は広がっていた。

 1950(昭和25)年、埼玉県に生まれる。「複雑な家庭の事情で」、母親に育てられる。65年、中学3年のとき田辺昭知にスカウトされてテンプターズに参加した。『神様お願い!』がヒットして人気が沸騰するが、「このころは我慢してやっていました」。

 70年、テンプターズが解散してから、沢田研二などとPYG(ピッグ)を結成したものの、1年足らずで離脱する。72年、岸惠子主演の映画『約束』で斎藤耕一監督の助監督を務め、途中からは相手役として出演して好評だった。

 74年公開の神代辰巳監督『青春の蹉跌』で桃井かおりと共演しキネマ旬報最優秀主演男優賞を受賞。同年からテレビドラマ『傷だらけの天使』で水谷豊と型破りな探偵を演じ、翌年から『前略おふくろ様』の抑えた演技で俳優としての評価が定着した。

 映画は子供のころから好きで膨大な数の作品を見ていた。『影武者』に武田勝頼役で出演したときには、黒澤明監督に気に入られて多大な影響を受けた。他方、若手の監督などとそりが合わないと衝突したので、出演の機会をいくつも失ったといわれる。

 女性スキャンダルで週刊誌を沸かせた。75年に小泉一十三(ひとみ)と結婚して女児をもうけるが離婚。80年にはいしだあゆみと再婚するが破綻し、90年ころから倍賞美津子と同棲したが、石田えりとの交際がばれて破局。96年にヘアメイクの女性と再々婚するがやはり離婚した。付き合い程度の女なら数人分の両手がいるといわれた。

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source : 文藝春秋 2019年6月号

genre : エンタメ 芸能