本田靖春 由緒正しい貧乏人

清武 英利 ノンフィクション作家

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 ジャーナリストの本田靖春(1933~2004)は、生涯を通じて庶民の視点から強きものと対峙する作品を書き続けた。読売社会部で後輩にあたるノンフィクション作家の清武英利氏が先輩の高潔さを綴る。

庶民の視点を貫いた本田靖春 Ⓒ共同通信社

「攻撃的自殺」と称して、本田靖春が読売新聞社を飛び出したのは37歳のときである。勤続16年。退職金はわずか140万円程度だった。

 大阪万博が開かれた翌年の1971年のことで、繁栄の陰で公害問題が深刻化していた。本田は、読売興隆の祖で絶対的権力者であった正力松太郎社主の独裁と、社内の理不尽に声を上げない同僚たちに抗議したのだった。外に向かっては猛然と吠え掛かり批判するのに、紙面を私物化する我が社主の前ではポチのようなサラリーマン記者に怒ったのだ。

 そのいきさつと流儀を、雑誌の編集者たちから後に聞いて、何をやっても間に合わない、と私は思った。私が読売に入社する4年前に本田が辞めていたということではない。飛び出した後の生き方のことである。

 ここでは二つを挙げる。一つは、彼が「由緒正しい貧乏人」を自称し、賃貸アパート暮らしを生涯続けたことだ。本田は闘病話や貧乏物語が嫌いだったから、廉潔な暮らしについては書き残していない。ここからは古手の編集者たちの証言である。

 彼は新宿区市谷台町や杉並区井草の、いずれも賃貸アパートに家族4人で住んだ。井草のアパートは3階にあり、市谷台よりも少し広めの風呂付き3DKくらいだったが、文藝春秋社の編集者は「まるでバラックのような建物だったが」と述懐している。そこに編集者たちを招き入れて原稿を渡した。

『誘拐』や『私戦』『不当逮捕』『警察回り』などの名作は、これらのアパートで生まれた。大腸がんや肝がん、右眼失明、心筋梗塞、脳梗塞に見舞われ、糖尿病で両足を切断されても書き続けた。「足なんかなくなってもかまわない。文章を書くための頭と手を残しておいてくれれば、文句はいわないよ」と編集者に言った。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

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