小さな声をすくい上げた執拗な取材の記録
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今年85歳になる宮﨑りつ子は、千葉県の老人ホームの一室に、車いすに乗せられて現れた。
パジャマにちゃんちゃんこ、頭にモスグリーンの毛糸の帽子をかぶって、小柄なばあちゃんとしか言いようのない姿なのだが、まばたきもせず、哀しみをいっぱいにたたえた黒目で私をぎょろりとにらんだ。「許せないですよ」とつぶやいた。私は叱られているような気になった。
「今ごろ取材に来るなんて遅いよ」とでも言っているようだ。5月中旬のことである。
彼女は糖尿病で毎週3回の人工透析を必要とする一級身体障害者である。骨折したり、心筋梗塞を患ったりした後遺症も加わって、相対した人を凝視してしまうらしいが、この3年半の間に彼女に起きたことを思うと、どうしようもなく腹を立てるのは仕方ないことのようにも思える。
ロシアの小説家フセーヴォロド・ガルシンが「信号」という小説のなかで、「お前(めえ)や俺の一生を台なしにしやがるのは、運勢なんてもんじゃあねえ、人間どもなんだ」と登場人物に言わせている。そんな気持ちにさせるようなことが、この母親のまわりで立て続けに起きた。
始まりは2019年12月4日夕刻のことである。
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source : 文藝春秋 2023年7月号