水底の石垣のように生きる――外務省機密費流用事件の扉を開いた男
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「どこにもない情報を求めるなら、国税当局を取材すればいいですよ」。ネットメディアの編集長や週刊誌の辣腕記者たちにそう勧めてきた。
国税庁は個別事案の発表を拒む役所なので、手つかずの膨大な情報が眠っている。ネットや雑誌記者はもっと腰を据えた発掘が必要ではないですか、と私は彼らに言っているのだが、なかなか容れられない。目指す報道のベクトルが、彼らと私のいた新聞社とでは異なっているし、そもそも記者の数が圧倒的に少ないからである。
だが、徴税の現場には濾過されていない情報だけでなく、インサイダーにしか見えない光景が広がっている。会議一つをとってもそうだった。
東京国税局の税務署長会議は、毎年7月の人事異動の後などに開かれていた。これは10年ほど前のことで、コロナ禍のいまではウェブ会議システムやデータのネット配信も導入されているが、当時の署長の前には分厚い極秘資料が配られ、課税第一部(個人部門)、課税第二部(法人部門)、調査部(大企業部門)、査察部(強制調査部門)、徴収部と、部門ごとに丸一日かけた説明が行われていた。
私がびっくりしたのはその会議の後だった。終了すると、全署長がその内部資料を大型の封筒に収め、机の上に置いたまま退席していた。それは全署員に伝達しなければならない内容なのだが、書類は国税局の担当者によって回収され、各税務署に翌日、「局便」と呼ぶ専門の宅配便によって届けられていた。
複数の元署長によると、それは署長らが帰宅時に電車やタクシーの中で書類を紛失することを恐れたためだったという。税務署長には、警察署長とは違って専用の署長車は用意されていない。国税庁は最大の国家公務員組織で文書数も多いため、公文書の紛失や誤廃棄数がずば抜けて多い役所なのである。
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source : 文藝春秋 2023年2月号