木谷 明 ほとんど書き直された判決文

水野 智幸 法政大学法科大学院教授

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 刑事裁判の有罪率が99%を超える中で、30件以上の無罪判決を出して確定させ、「伝説の裁判官」と呼ばれた木谷明(1937~2024)。浦和地方裁判所(現さいたま地裁)で木谷裁判長の薫陶を受けた水野智幸氏が思い出を語る。

30件以上の無罪判決を出した木谷明氏 Ⓒ共同通信社

 木谷さんとの出会いは、私が浦和地裁の刑事第三部に配属された1988年4月のことでした。新任の部長となった木谷さんが、26歳の新米判事補の緊張を解きほぐすように温かく迎えてくれました。当時50歳でしたから、まるで親子のような年齢差です。

 ただ、指導は厳しかった。事実認定を争う事件でも、量刑を争う事件でも、裁判長、右陪席、左陪席で行う合議でとことん議論します。一番若い左陪席の私は、まだ自分なりの考えもありませんが、右陪席は10年選手ですから、時折、裁判長と意見が食い違う。そんな時、木谷さんは、粘り強く話し合って意見をまとめ上げていました。

 結論が出ると、まず左陪席が判決文を起案するのですが、締切を厳格に決められて、少しの遅れであっても、許される雰囲気ではありません。木谷さんが手を入れた判決文をみると、私が書いたものは、最初と最後の数行を残して、全部書き直されていました。木谷さんは、判決案を差し戻すでもなく、出来の悪い新人を𠮟責するでもなく、自分の仕事を見て学べという方針でした。

 私が浦和にいた2年間で、無罪判決を4件出しました。無罪判決を下した経験のない裁判官がほとんどですから、驚くべき数でしょう。

 検察が起訴した以上、被告人が有罪であるかのような印象を裁判官でさえ抱きがちです。しかし、木谷さんは「まずは被告人の話を虚心坦懐に聞いて、本当はその言い分が真実なのではないかという目で証拠を再検討する。そこで疑問が生じたら徹底的に調べる」のが基本姿勢です。無罪判決の事件では、最初はとても信じられなかった被告人の弁解が、審理を重ねていくうちに裏付けられていきました。この姿勢は、木谷さんが若い頃に東京地裁で指導を受けた樋口勝裁判長から学んだものだそうです。

 無罪にしても検察は控訴してきませんでした。もし曖昧な点があれば、審理の段階で検察官に徹底的に反論させます。その内容を踏まえて、判決文では二重にも三重にも検察が反論する余地を封じているので、控訴できないんです。

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source : 文藝春秋 2026年11月号

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