「自然」と「無駄」のなかで生きる

コロナ時代の生と死

養老 孟司 解剖学者
柴咲 コウ 女優
ライフ ライフスタイル SDGs
女優・柴咲コウさんの強い希望で実現したという養老孟司さんとのZoom対談。物事は移ろいゆく。脳で考えて煮詰まるより身体性に目を向けよう――コロナ禍を生きるヒントを2人が語り合った。

<この記事のポイント>
●柴咲コウさんは、2016年にこれからの持続可能な社会をつくろうと「レトロワグラース」という会社を設立
●養老孟司さんの目から見て、相当に若い世代の人が、柴咲さんのように自然への関心を抱くようになってきている

「新しい生活様式」でドラマ撮影

 柴咲 初めまして。普段から養老さんの本をたくさん読ませていただき、また学ばせていただいています。リモートという形ではありますが、お目にかかれて嬉しいです。本日は、よろしくお願いいたします。

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柴咲氏

 養老 こちらこそ、よろしくお願いします。今は鎌倉の自宅におりますが、コロナ禍に入ってからは主に箱根の別宅にいました。近況として実は、大きな“事件”がありまして。私はこの6月24日に、東大病院に入院したんです。病気は何も、新型コロナウイルスばかりではない(笑)。幸い大事には至らず退院できて、今は特に問題もありませんので、こうしてお話しできています。

 柴咲 お加減がよくなられて、本当によかったです。入院なさるまでは箱根でどう過ごされていましたか。

 養老 どうしても外にはなかなか出られませんから、ずっと続けてきた昆虫採集もできず、ほとんど家にこもっておりました。特に年寄りは危ないと脅かされるからね(笑)。外に出るとしたら、まあ散歩程度。今年は例外的に天気も悪くて、梅雨明けが本当に遅かったですね。やっぱり虫捕りは、ある程度天気が良くないといけません。外の作業ですから、雨に降られちゃうと具合が悪いんですよ。だから、家にいることがより多くなってしまいました。

 柴咲 そうだったんですね。私の近況、特に俳優としての活動についてお伝えしますと、4月に緊急事態宣言が出されたときは、ちょうど新作映画の撮影が始まる時期だったんです。それがまるまる延期になってしまい……先日、ようやく無事に撮り終わることができました。

 いわゆる「新しい生活様式」に則った形で、スタッフの皆さんはフェイスシールドをして、私たちも毎回スタジオに入るたびに体温を測って……という状態で撮影を進めていきました。「テレワークドラマ」にも、NHKの企画で出演しました。自分でカメラをセッティングして、録画ボタンを押して、演技する。それもまた、初めての経験でしたね。今後は10月放送予定の主演ドラマが控えているのですが、再放送がずっと流れていたドラマの世界も、現場が徐々に動き出しています。

 養老 それは何よりです。

消費活動への罪悪感

 柴咲 今日は私の強い希望で、養老さんとの対談の機会をセッティングいただきました。2016年に私は、これからの持続可能な社会をつくろうと「レトロワグラース」という会社を設立しました。俳優や歌手といったエンターテインメントの活動も自分たちでやりながら、「ミヴァコンス」というファッションブランドを立ち上げて洋服をつくったり、さまざまなプロダクトを手がけています。しかしただモノをつくって売るのではなく、自然環境のサイクルを保ちながら活動することが目標です。一昨年に環境省から「環境特別広報大使」に任命いただき、今年の4月からは本格的にYouTubeも始め、発信にも力を入れています。

 養老 なるほど。なぜそのような活動を始められたのですか。

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養老氏

 柴咲 会社を設立する前からもともと、自然に対する畏怖の念がありました。と同時に、消費活動をしながら自分が生きていることに、どこか罪悪感もあったんです。自然環境とのズレといえばいいのか、「ピッタリ調和していないな……」という思いを抱いて育ってきた感覚がある。そこを何とか改善できないかとずっと手探りしていて、今も試行錯誤の真っ最中なのですが、私が言語化できないことを、養老先生のご著作では「そうそう、そういうことなんです!」という表現で書いていらっしゃる。ですから、養老さんのただのファンなんです(笑)。

 養老 光栄です(笑)。

 柴咲 特に『日本のリアル』という対談集での、農家の故・岩澤信夫さんとの対話から、強い刺激を受けました。というのも今、私は友人と北海道に共同ファームを持っていて、その広大な敷地の一角で農作物を育てる取り組みをしているんです。『日本のリアル』では、ロシアの住居つき家庭菜園「ダーチャ」や、ドイツの農地の貸借制度「クラインガルテン」などが紹介されていて、たくさんのヒントをいただきました。この情報を友人とシェアしつつ、実践へつなげていけたらと考えています。

 養老 私の目から見ても、今は相当に若い世代の方々が、柴咲さんのように自然への関心を抱くようになってきている――そういう時代になった、と感じます。同時にまったく逆の潮流も発生している。IT、AI、あるいはそうした先端技術を組み込んだ新しい都市構想であるスマートシティなどですね。こうした技術信仰と、一方での自然回帰、ふたつの傾向の折り合いがどこでつくのかということが、私が興味を抱いていることのひとつです。根本的には、やっぱり折り合わないところがあると思いますが。

遅い梅雨明け

 柴咲 そうした技術を用いて、農作物を育て、管理している方たちもいらっしゃいますが、やはりどうしても折り合わないのでしょうか。というのも、日本では人口は減少していますが、世界的に見れば増加する一方の中で、人間の食料をずっとつくりつづけていくことは、自然に反する行為なのでは、という悩みもあるんです。どうやって調和を保って生きていけばいいんだろう、と思いながら毎日を過ごしているのですが、どうお考えになりますか。

 養老 まず大事なことは、調和は今すぐに可能になるものではない、と認識することです。物事は動いていきますから、その流れの中で上手に“流す”ことが重要です。気候変動は、この意味で典型的な問題ですね。実際に異常は異常なんですよ。先ほど梅雨明けが遅いという話をしましたが、私も80年以上生きてきて、8月まで関東甲信地方の梅雨明けが遅れたということは、ほとんどありません。たいていは、7月20日頃には明けていたんです。

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 柴咲 そうなんですね。

 養老 気候変動に関する議論としてよくいわれるのが、人為的な要因による温暖化ですね。温室効果ガス、その中でも特に二酸化炭素の排出が要因として指摘されます。ただ、本当にそうなのか、という問題がひとつあり、仮に要因だったとしても、どこが二酸化炭素を排出しているのか、という問題もあります。最新のデータでは、トップが中国で30%ほど、2位がアメリカで15%ほど。この2国で世界の排出量のほぼ半分を占めています。3位のインドが約7%で、日本は約3%。日本単体ではほとんど問題にならない。

 柴咲 ただ、それでも日本が先進国として――これまでは経済先進国でしたが、これからは環境先進国として、率先して基盤づくりをしていくことはできないでしょうか。

 養老 もちろんそうした可能性はあるでしょう。ただ、日本が排出量を削減しても、1位の中国、そして3位のインドといった人口の多い国が排出量を増やしていったら、大きな効果は上げられませんよね。

 柴咲 それでも、いつかは世界全体の人口増加も落ち着いていくはずですよね。やがて減っていくとすれば、今度は世界が、今の日本と同じような課題を抱えるわけで……そうなったとき人間はどんな方向に進むのか、と考え込んでしまうんです。

蝶の観察日記

 養老 そうしたことを、今の私たちが“考えきる”ということは、なかなか難しいことです。それが先ほどお伝えしたことにつながります。調和はすぐに可能ではなく、そして物事も常に流動的である。その全体の流れの中で考えていくしかない。

 柴咲 おっしゃる通り、とても難しいです。養老さんは今まで82年生きていらっしゃって、世界や社会のさまざまな問題や課題を見つめながらも、なぜこれだけ自然に対する思いを持ち続け、しかも現実に失望せずにこられたのでしょうか。私はこのわずかな年月でさえ、思い悩んでしまいがちで……。

 養老 自然はやっぱり、奥が深い。これに尽きます。古いものと新しいものが常に出入りして、見ようによっては常に変わりつづけている。よく「生態系」といわれますが、実際の「生態系」を見た人は、誰ひとりいません。ある特定の地域にどれだけの生き物が住んでいるのか、その実態は調べようがないし、わかりようがない。日本という特定の地域に、細菌からウイルス、そして人間まで含めたどんな「生態系」があるのか、厳密なところは誰も知らないわけです。しかも、調べているうちに変わっていってしまう(笑)。だから、あまり悩んだり、がっかりと気を落としたりすることはないわけです。

 柴咲 なるほど……。実は私は今、蝶を育てるのに夢中なんです。コロナ禍で家にいる時間が長くなる中、レモンやハーブの木を外で育てていたんですが、そうしたらアゲハチョウが卵を産んでいまして。人によっては嫌がるのかもしれませんが、私にとっては新鮮な体験だったので、ぜひ育ててみよう、と。観察日記もつけているんですよ。

 養老 観察してみていかがですか。

 柴咲 もちろん今までも、アゲハチョウが幼虫から蛹の段階を経て成虫になる、いわゆる「完全変態」の昆虫だということは知識としては知っていました。けれど、こんなに間近に観察したことはなくて、こうした生き物が本当にいるんだ、こうやって姿を変えて育っていくんだということを、初めてちゃんと自分の目で確かめているところなんです。

 養老 完全変態って、すごく不思議じゃないですか?

 柴咲 はい、とても不思議です。まずは鳥のフンのような、小さな幼虫が幾度も脱皮を繰り返していく。そして蛹になって、成虫になる。普段からジーッと観察していても、いつの間にか姿が変わっているんですよね。あと、本の中で読んだのですが、蝶がよく通る「蝶道」というものがあるんですか?

 養老 あります。私の家も引っ越した当初は、庭が「蝶道」で、しょっちゅう飛んできていましたね。

「考える」のは無駄ばかり

 柴咲 そうなんですね。もしかしたら我が家も「蝶道」なのかもしれません。春から夏にかけて必ずアゲハがやって来て、卵も産んでいるので。それにしても、どのような理屈で「蝶道」はできているのですか。

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source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : ライフ ライフスタイル SDGs