小説を書く後輩には「芥川賞を目指すな、絶対」と言っています

第86回

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“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、芸人・作家の又吉直樹さんです。

 

■連載「有働由美子のマイフェアパーソン」

第79回 塩田武士(作家)

第80回 タサン志麻(家政婦)
第81回 上戸彩(俳優)
第82回 清武英利(ノンフィクション作家)
第83回 水野良樹(ソングライター)
第84回 清水ミチコ(タレント)

第85回 今回はこちら

 有働 今回はちょうど芥川賞受賞作の掲載号となりますが、又吉さんが『火花』で受賞されてから10年が経ったのですね。累計発行部数354万部は芥川賞受賞作として歴代1位の記録で、執筆用のマンションなどもいくつか買って渡り歩いているのかな、と想像しておりますが。

 又吉 いや、全然(笑)。自宅の書斎と、リビングのテーブルや寝室のカウンターという中で気分を変えてやっています。今は月額払いのコワーキングスペースにも登録していますが、最近あまり座られへんから脱会しようかなと思っています。

 有働 そこは文学系の方だけが集う場所なのですか?

 又吉 いえ、一般的なコワーキングスペースです。都内ってカフェがどこも混んでいるじゃないですか。そこは最初空いていたので便利だなと思って登録したんです。

 有働 IT系会社員とか多そう。

 又吉 そうなんですよ。皆パソコンを開いて、大きな声で打ち合わせしたりするので、もう本も読める状況ではない。深夜になれば僕くらいしかいなくなるんですけどね。

あの芥川賞をいま振り返ると…… Ⓒ文藝春秋

 有働 この10年で変化したことは何かありますか?

 又吉 コロナ禍で劇場に出られなくなって、文章を書く仕事を増やしたのが一番大きな変化ですかね。

 有働 コロナ明けもその流れは変わらず、ですか。

 又吉 増やしちゃった分を継続していて。最近、新刊を出すタイミングでいろんなバラエティ番組に出演していますが、新鮮で楽しいです。

 有働 新鮮だとは(笑)。もともとお笑い芸人としてバラエティの世界にいらっしゃったわけですけど、今はどういう感じなのですか。

 又吉 久しぶりに行くと同業者とも会えますし、自分一人でコントロールできないところも含めて面白いです。書くのは一人なので。

フォームが崩れる

 有働 又吉さんは1980年、大阪府寝屋川市生まれ。2003年に綾部祐二さんとお笑いコンビ「ピース」を結成し、「キングオブコント2010」準優勝、「M-1グランプリ2010」4位となってブレイクします。作家としては『火花』が2015年上半期の第153回芥川賞を受賞。そして今年1月末、6年ぶりとなる長編小説『生きとるわ』(文藝春秋)が発売されました。私も拝読しましたが、展開や描写が鮮烈で、色々と深掘りしたくなる一冊なので後ほどじっくりと伺います。

 芸人としては、「芥川賞作家」という肩書が加わってから感覚が変わりましたか?

 又吉 打席に立たせてもらいやすくなるというメリットはありつつ、“振り”にされることが多くなりました。「又吉は本が売れていていいけど」という話の振りになり、皆が落差のあることを言って笑いを生むという流れを作られやすいので、そこは嫌やなと思っていました。自分も何とかその流れに乗ろうとするんだけど、上手くいかない感じがどこへ行ってもあって、10年経ってようやく元に戻ってきました。

 有働 過去のインタビュー記事でも、芥川賞受賞直後が一番しんどかったとおっしゃっていましたが、他にもしんどいことがありましたか。

 又吉 新聞に受賞コメントを書くなどの決定している仕事をこなしていくのも大変ですし、どこへ行ってもとりあえず芥川賞の話を一度しないといけない。バラエティだと時には、「芥川賞を取ったんやから天狗になっていてほしい」みたいなリクエストもありました。

 有働 それはキツいですね。

 又吉 打ち合わせで「偉そうにして相方をバカにしてほしい」と言うバイアスのかかりまくった人に対して、「そうじゃないねんけどな」と話すのもすごく労力が……書いている小説とも整合性が取れへんやろ、ということはありました。

 有働 とはいえ芥川賞って作家にとってある種の夢ではないですか。

 又吉 それを目指していると公言している方もいますもんね。

 有働 10年後の実感としては、取ってよかったですか。

 又吉 よかったです。ただ小説を書く後輩には「目指すな、絶対」と言っています。小説自体はどんどん書いて盛り上げてほしいけど、賞を取ると、何年間かは芸人としてのフォームが崩れるんじゃないかと僕は勝手に思っています。

 有働 今はフォーム崩れから復活して打てるようになりました?

 又吉 自分のフォームが戻ったのかはわかりませんけど、もともとのやり方がまったく許されないようなしんどさはなくなりましたね。

分別が下手

 有働 芸人と作家、どちらも言葉を扱う仕事ではありますけど、その使い方は切り替えるものですか?

 又吉 頭の中は一緒だとは思うんです。でも声の出し方は友達などに聞くと、舞台上とテレビと普段とで違うらしいです。自然に切り替わっているのかもしれません。

 有働 どう違ってきますか。

 又吉 ここに明石家さんまさんが登場して3人の鼎談になった瞬間、たぶんトーンが一段上がりますね。このトーンでは対応できない。

 有働 それはそうや(笑)。頭の中も、締め切りのある連載を抱えていたら小説専用に切り替えたりはしませんか?

 又吉 たしかになんとなくずっと小説モードになってしまっていますね。見るものも聞くことも。誰かと会って雑談をしていても、気がついたら小説の材料になりそうな質問をしていたりします。

 有働 そういう生き方は楽しい?

 又吉 そうですね。サッカーをしていた影響か、元からそういう人間なのかわかりませんが、根を詰めて練習するようなことがあまり苦にならないんですよ。

 有働 北陽高校(現・関西大学北陽高校)サッカー部では副主将を務め、大阪府代表としてインターハイに出場されたほどですものね。

 又吉 僕にサッカーの才能はなかったですけど、朝練も皆でやる部活の練習も夜練も、毎日ずっとやれてしまう。むしろ練習するなと言われるストレスの方が大きかったです。練習する肉体的なしんどさはあるはずですけど、「しんどい」と「楽しい」の分別が下手ですね。

 有働 サッカーの練習をしていないとストレスが溜まるように、小説のことを考えていないと不安になってしまう、ということですか?

 又吉 そうです。サッカーでいうと、ボールに触れないとムズムズしてくるという依存状態。それが小説の場合、食事会に行って小説と関係ない話が始まるとイライラしてきてその場にいる全員を嫌いになってくる……という感覚です。早く一人になって小説のことだけを考えたい、となる。だからサッカーをやりたくて仕方なかった昔と一緒やけど、言葉として「楽しい」が適切かはよくわからないですね。しんどいっちゃしんどいけど、自ら望んでやっているので楽しいとも言えるかな、と。

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source : 文藝春秋 2026年3月号

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