日本の経済の中心地、東京・丸の内。敏腕経済記者たちが“マル秘”財界情報を覆面で執筆する。
★「感動経営」の成否
ソニーグループ(吉田憲一郎会長兼社長)は2021年3月期連結決算(米国会計基準)で、初めて純利益を1兆円の大台に乗せた。日本の製造業で最終利益が1兆円を超えたのはトヨタ自動車(豊田章男社長)とソニーだけだ。ゲーム事業などが好調なソニーは、東宝(島谷能成社長)と共同で配給した『劇場版「鬼滅の刃」』の大ヒットが収益を押し上げた。
5月26日にオンラインで開かれた経営方針説明会で、吉田氏は「ゲームや音楽などのエンタテイメント分野を軸に、顧客基盤を現状の1億6000万人から10億人に拡大する」と語り、エンタメ事業を成長エンジンとする姿勢を鮮明にした。24年3月期までの3年間で2兆円の戦略投資枠を設けたという。
この経営方針説明会で掲げたキーワードは「感動」。吉田氏が参謀役を務めた平井一夫前社長(現シニアアドバイザー)時代から掲げる経営ビジョンである。平井氏は、コモディティー(汎用)化したエレクトロニクス製品からは手を引き、映画や音楽といった傍流だった事業に力を入れ、ソニーを見事、復活させた。
感動体験や関心を共有する人々の集まりをソニーは「コミュニティ・オブ・インタレスト」と定義する。単なる会員などとは異なり、熱心なファンの集まりを指す。
コミュニティ・オブ・インタレストの具体例は前述の『鬼滅の刃』だ。19年にソニー傘下のアニプレックス(岩上敦宏代表取締役)が企画したテレビアニメが人気を呼び、20年に公開した映画は国内の興行収入の記録を更新。続編のアニメやゲーム制作も進む。一つの知的財産(IP)をグループ内で切れ目なく活用し、重層的に稼いだ。
ただ市場では様子見が続く。ソニーグループの株価は2月5日に1万2545円の年初来高値をつけたが、ここ数カ月は伸び悩む。
映画やゲーム事業は当たれば大きいが、失敗すれは大赤字に転落するリスクが常に伴う。グループを横断する資産を活用する経営の成果が問われるのはこれからだ。
平井前社長
★収益力とリスク
家電量販大手ノジマ(野島廣司社長)とスルガ銀行(嵯峨行介社長)の資本・業務提携が、わずか1年余りで破局を迎えた。提携効果の早期創出を急ぐノジマと、法令遵守体制の再構築を優先させたいスルガ経営陣との路線対立があり、野島社長は株主総会を待たずにスルガ銀の副会長を退任した。
スルガ経営陣の間にはそもそもオーナー色の強いノジマに「警戒感があった」(ノジマ関係者)とも言われる。
そんな中、水面下で早くも激しさを増しているのが、ノジマが保有する18.52%のスルガ銀株を巡る争奪戦だ。投資用不動産向け融資が棄損し、3月末で総与信の約14%、3260億円の不良債権を抱え込んでいるとはいえ、問題発覚前に当時の森信親金融庁長官が絶賛していた収益力はなお健在。「垂涎の銘柄」(金融筋)というわけだ。
何しろ21年3月期の連結純利益は214億円。スルガとほぼ同等(3.5兆円前後)の総資産をもつ福井銀行(林正博頭取)の純利益は25億円、秋田銀行(新谷明弘頭取)は27億円だ。スルガの収益率がいかに凄いかがわかる。
それどころか北陸銀行と北海道銀行を傘下に持ち、総資産16.63兆円とスルガの5倍近い規模のほくほくフィナンシャルグループ(庵栄伸社長)の213億円を上回る期間利益を叩き出しているのだ。まさに「格好の買い場」(同)だろう。
受け皿候補として、これまでりそな銀行(岩永省一社長)や新生銀行(工藤英之社長)、さらには「第4のメガバンク構想」を進めるSBIホールディングス(北尾吉孝社長)などの名前があがっていた。
ここにきて急浮上してきたのがソニーグループだ。
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source : 文藝春秋 2021年8月号