2024年2月の中学入試において、首都圏の受験率が過去最高の22.7%になりました(日能研調べ)。受験は低年齢化してきており、小学校3-4年生で準備を開始するのは当然とされ、通塾は就学前からという事例もあるほどです。中学受験をする目的は、中高一貫校や高評価、高偏差値の学校を目指すばかりではありません。たとえば今の小学校の雰囲気が合わない、地域の中学への進学に不安がある、やりたい部活のある学校が地元にないといった理由で受験する場合もあります。
しかし、その過程で教育虐待が問題となることがあります。教育虐待とは、子どもに継続的に過度な勉強等を強制し、心身や脳の機能低下を招くほどに負担をかけることです。幼少期に学業や習い事に時間を費やすことは、実は生涯よく生き続けるための心と体と脳の基礎を作るこの時期の体験と試行錯誤の時間を剥奪することになりかねないのです。
かつて子どもたちは生活や遊びを通じて人生の基礎となる学びを得ていました。しかし現在では生活時間の多くが学業や習い事に費やされ、自由時間が減少して自然な発達が脅かされています。子どもたちは外遊びの中で種々の感覚を育て、異年齢の関わりで人との距離感を掴み、地域の大人と交じって社会体験し、家庭での対話や睡眠や休息によって疲労回復し、学びを定着させてきたのですが、今は、目的的でなく発達を促進していたそのような時間が失われています。

暗記力、計算力、思考力や問題解決力といった学力と呼ばれる認知能力は、前頭葉を含む大脳皮質が司っていますが、人の脳の発達には、感情や意欲、社会性や創造性といった非認知能力を司る大脳辺縁系もあり、脳の発達のためには両方が必要です。発達のベースには、大人によって与えられる学びではなく、自ら生活や遊びの中で必要が生じて興味が募って学ぶプロセスが肝要なのです。しかし、体験を伴わないまま知識を詰め込むことを求められるなど、受験勉強はやり方によって脳の働きを高めるばかりでなくむしろ奪ってしまうこともあるのです。また、長時間の座位姿勢は、運動不足による筋肉発達不全、姿勢悪化、体調不良、不眠、集中力低下、視力低下、食欲低下などを生じさせます。
このように受験による子どもの発達上の負担は大きいのですが、研究によって親の社会経済的地位が子どもの学力に影響するという結果が示され、受験の結果は親次第と煽る風潮がある中では、親がプレッシャーを受け、焦燥感に駆られるのも必然でしょう。子どもに期待をかける親がヒートアップすると、教育虐待が起きてしまいます。
受験校を実力より高く設定すれば当然、成績が目標に達しにくくなり、最初の頃の叱咤激励がエスカレートして、叱責、罵倒、無視、体罰や行動制限を含む制裁、人格否定などになっていきます。親が熱を入れて生活を管理しサポートすればするほど、子どもは人生の統制感を失い、失敗を恐れ、主体性や自己肯定感を低下させ、意志や感情を抑えるようになります。
このように記述すると、やりすぎる親が不見識だと批判が上がるのですが、実は教育虐待の大きな問題点は、親のみならず教育産業関係者、そして世間がその行為を愛情や教育熱心さとして正当化することです。親は、自分の行為の正しさを保証する情報を探し、受験の苦しみは子どもを成長させる、逃げてはならないものと考えようとします。また、子どもの人生の責任は自分にあると考え、成功させなければと思います。教育虐待は、日本の競争的な価値観やメディアからの情報に煽られ支えられているのです。
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