坂本花織「不死鳥の花道」

野口 美惠 スポーツライター

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なぜ彼女は失意の五輪のわずか1カ月後、世界選手権で有終の美を飾れたのか

 今年2月に行われたミラノ・コルティナ五輪、フィギュアスケート女子フリー。坂本花織は銀メダルが決まった瞬間、背中を丸め、全身を震わせながら泣いた。天真爛漫なキャラクターで日本勢を引っ張ってきたムードメーカーは、キャリアの集大成として挑んだ五輪最後の演技で、笑顔を見せることができなかった。

 同学年の盟友であり、小学生の頃から切磋琢磨するライバルでもあった樋口新葉は、迷わず電話をかけた。

「一番悔しいのは本人だし、私も悔しかったけれど、五輪の2位で悔しがれるのは、本当にすごいことです。まずは『おめでとう』を伝えたかった。でも、かおちゃんが泣き出してしまって……。『悔しかったよね。でも、やれるだけのことはやったよね』と2人で泣きました」

 ただ、五輪のひと月後には、シーズン最終戦としてプラハで行われる世界選手権があり、このシーズン限りの引退を表明していた坂本も、本人の意思次第で出場することができる。五輪が終わった時点で、坂本は出場するかどうかを明らかにしていなかったが、樋口は確信していた。

「世界選手権、出るだろうな」

 20年間、共に練習してきた幼馴染のスケーターである籠谷歩未も、日本からその涙を見つめていた。

「実は、かおちゃんは『オリンピックが最後、世界選手権には出ない』と言っていたんです。でも、フリーが終わった瞬間の顔を見て『出る』と直感しました。絶対に、やりきったと思ってない顔でしたから」

坂本花織 Ⓒ時事通信社

 ふたりが予感した通り、1カ月後、プラハのリンクに坂本は立った。それだけではなく、日本人歴代最多、四度目の世界選手権優勝を掴んだ。なぜ、坂本はわずかな期間で失意から立ち直り、引退の花道を最高の形で飾ることができたのか。それを紐解くためには、彼女のスケート人生を振り返る必要がある。

みんなが応援してくれてるから

 坂本がスケートを始めたのは4歳のときだ。神戸のリンクで、中野園子、グレアム充子の教室に入った。本人は「コケても笑ってて、とにかくスケートが好きでした」と当時を振り返っている。同い年の籠谷は、坂本の母からコーチを紹介された縁で、5歳からスケートを始めた。

「かおちゃんは昔から明るくてムードメーカーでした。中野先生は、小さい子にもビシビシ指導してくださるので、マイペースな私は『かおちゃんに追いつけるように、ちゃんと練習しなさい』と𠮟られる。泣いてるとかおちゃんが『ちゃんと頑張ってる。絶対できるよ』とポジティブな言葉をくれました。逆にかおちゃんは、人の前では暗いところを見せず、1人になった時に落ち込むことが多いので、私は、そういう時に声をかけていました」

 リンクの外にあるベンチで、励まし合い、目標を語り合った。坂本は、中学生の頃には「私の目標は、先生やお母さんの目標でもある。自分のためだけでなく、みんなが応援してくれてるから頑張る」と、籠谷に繰り返し伝えた。

 坂本自身も「自分だけが良く出来て、他の子がミスをして勝てたときに、喜びきれなかったことがありました。それからは、試合前は皆に話しかけたり、お散歩に誘ったり。みんなが良い状態で、一緒にベストパフォーマンスを出来たらいいなと思うようになりました」と当時を回想している。

 ライバルを助け、自分自身は応援してくれる人のために滑る。そんなスタイルを確立した坂本は、徐々に頭角を現していく。そこで出会ったのが、樋口だった。ともに日本スケート連盟の強化指定選手になると、週末に愛知のナショナルトレーニングセンター(NTC)で顔を合わせる機会も増えた。

「トップの選手たちがみんなでストレッチしたり、ギスギスせず仲間として過ごす姿を見て、ジュニアの私達も輪に溶け込んでいきました。今も覚えているのは、かおちゃんの調子が悪くて何回やってもミスする日があったんです。私の方はその日の課題は終わっていても、『かおちゃんがこんなに頑張ってるのに、先に上がれない』と思わされる。誰かが先に上がると集中力が切れてしまうものなので、お互いがリンクに残るようになり、自然に連帯感が生まれました。週末が近づくと『今週はNTCにかおちゃんがいるから行こう』『いないから東京で練習しよう』と考えるようになっていました」

 同時に、坂本の練習量は、樋口の限界の概念も変えた。練習中、諦めそうになる坂本を中野コーチが引っ張り、粘らせる。すると最後の最後に、坂本は悔しさや辛さを力にして、目標をクリアする。樋口はそういうシーンを何度も目の当たりにし、刺激を受けた。

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source : 文藝春秋 2026年8月号

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