国民とのコミュニケーションを取り、教育と鍛錬をせよ(取材・構成=米山伸郎)
ガンズ氏(左)と米山氏
日本のコロナ対策に欠けている視点とは?
ガンズ教授は、公衆衛生とマネジメントの専門家としてテルアビブ大学で教鞭をとってきた。
昨年7月末、ガンズ教授はイスラエル政府のコロナ政策を統括する「プロジェクト・コーディネーター」に任命された。就任と同時に、政府の失敗を認め、責任追及に尽力するとともに、政治家やユダヤ教超正統派との激しい衝突も辞さなかった。
現在はテルアビブ地域における最大の病院複合体ソラスキー医療センターCEOとして現場の指揮をとるガンズ教授に、日本のコロナ対策に欠けている視点を聞いた。
今回のパンデミックは、イスラエルにとって国家レベルの試練であることは間違いありません。「安全保障に関わる試練」という言い方をすると戦争やテロを想起させてしまうかもしれませんが、単なる医療上の有事というよりはもっと重大な危機です。それはまた、国家のレジリエンス(復元力)が問われるような有事です。
――戦争には軍が備えているが、コロナに対してはどのような組織体制で臨んでいるのでしょうか?
イスラエル国防軍の中には、民間人を防衛する部門(Home Front Command)があり、その中に伝染病に対応する専門部隊が設けられています。疫病対応専門部隊では、国内におけるすべての感染状況の監視、隔離対応、試験などの医療サービスを提供しています。
また、日ごろからコロナ対応専門要員をリクルートしています。それぞれの専門分野における国内の最も優秀な人々を集め、関係省庁と連携して活動している。他の国もそうだと思いますが、イスラエルも例外でなく、最も優秀な人材をこの部隊に集めています。その存在は国民にも広く知られ、「ベストコマンド」として信頼を得ています。
コロナ以前から、実際の疫病発生を想定したゲームプランを用意していました。将来の疫病発生を想定して、事前に綿密なプランが作られているのです。そのプランに従い、前述の軍の疫病対応専門部隊はもとより、医療関係機関、地域社会、自治体、そして緊急対応組織が、合同で対応訓練を定期的に行ってきました。
イスラエル国防軍
政治家の干渉を許さない自己主張
――日本では政府と国民の意識のギャップが問題になっていますが、イスラエルではどのように世論の支持を得ているのでしょうか?
政治的な決断をどのようにコロナ対策に反映させるかは、世界中で共通の課題だと思います。イスラエルでもハイレベルの決定をするためには、当然、政治的配慮が必要となります。それと同時に、パンデミックにおいては多くの医療的見地からの判断が重要です。
そこで必要なのは、「政治」と「医療」をつなぐプロジェクトマネージャー的な立場の人間です。昨年、私はまさにそのポジションに就任しました。
プロジェクトマネージャーに求められる資質は、医学的な見地をもって、強い自己主張ができる能力です。
とりわけ重要なのは、政治家からの干渉を許さないために、レッドライン(立ち入り禁止線)を設けることができるかどうかです。仮に政治家がそのレッドラインを越えて侵入してきたら、それを追い出すだけの主張力も求められます。そのためにもプロジェクトマネージャーは自らの判断に対し、世論を味方に付けられるような発信力を持つ必要がある。その一方で、医療機関や省庁や軍など関係組織との橋渡し役も果たす必要があります。
プロジェクトマネージャーは、政治的利害関係がないことによって世論の支援を得る必要があります。政治家は政治的利益によって動きがちです。一方、科学者や専門家は政策への助言や意見を出すが、責任を問われることはない。
プロジェクトマネージャーはそのどちらとも違います。ただ単に政治家の横に座って助言するのではなく、感染爆発の時には前線に出て国民の行動を制限する難しい決定を下す必要があり、なおかつ責任も問われるのです。
イスラエルの首相はプロジェクトマネージャーを交替させられるが、プロジェクトマネージャーは首相の干渉を拒むことができる。国民も、プロジェクトマネージャーには「その道のプロ」であることを求めているのです。
しかし、厳しい判断をしようとすると、経済にもたらす影響が懸念されます。もちろん、イスラエルでは重大な決定を下す前に経済的インパクトについても検討しています。議論を尽くし、討論する相手として財務大臣と財務省幹部も加わります。プロジェクトマネージャーの配下には小委員会があり、そこに独自に諮問できる5人のエコノミストがいます。そこで対応策の経済的インパクトを事前に検討してくれるので、その検討結果を基に決定を下しています。
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