「炎上」「言葉狩り」が社会を蝕む

三浦 瑠麗 国際政治学者
ニュース 社会 オピニオン

キャンセルカルチャー“輸入”と日本の将来

三浦さんトビラ③
 
三浦氏

引きずり降ろす側のモラル

 いまの日本には、「誰かを叩きたい」という欲望が充満しています。

 テレビや雑誌などでの著名人の発言はすぐに言葉狩りに遭い、SNS上などで適切か否か、“議論”がなされる。ひとたび適切でないと判断されれば、その人物は一斉に糾弾され、地位や職から引きずり降ろされます。おかしいのは、引きずり降ろす側の言動に、モラル上の優位性がまったくないことです。

 今回の東京オリンピック開幕直前に起きた一連の問題は、期せずして、この風潮を体現するものとなりました。アスリートの奮闘によって盛り上がる一方で、これらの問題は非常に後味の悪い印象を残しました。

 東京オリンピックをめぐって、まず取り沙汰されたのが、今年2月の森喜朗氏による発言だった。JOC(日本オリンピック委員会)が女性理事を増やすという方針を受け、森氏は次のようにコメントした。

「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」
「女性を増やす場合は、発言の時間をある程度は規制しておかないとなかなか終わらないので困る」

 国内だけでなく海外からも「性差別」と猛批判を浴びた森氏は、組織委員会会長を辞任することとなった。

 7月23日の開会式直前には作曲担当として参加予定だったミュージシャンの小山田圭吾氏が、同級生に対するいじめを雑誌のインタビューで自慢げに語っていたことが批判の対象となり、辞任。

 さらに開幕前日には、式の演出を担っていた元お笑い芸人で劇作家の小林賢太郎氏が解任された。芸人時代に上演したコントで、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄する表現を用いていたことが問題視されたのだ。
三浦さんトビラ②
 
“いじめ自慢”が問題に

 以前から著名人が問題発言などにより糾弾されて“炎上”し、謝罪に追い込まれるケースは多くありました。しかしここ数年はそれだけでは済まされず、ひとたび炎上すれば、半永久的に表舞台から姿を消さざるを得ない事態にまで発展しています。

 森さんの辞任は、政治家の責任のとり方としては当然だったのかもしれません。しかし、こうした辞任の連鎖がクリエイターにまで及ぶようになったのはここ最近のことです。かつて俳優やアーティストなどが不祥事を起こした際に耳にした、「作品に罪はない」との言説はなかなか通用しなくなっています。

三浦さんトビラ①
 
女性蔑視発言が大炎上

気に入らない人間は……

 開会式をめぐる騒動は、アメリカ発の「キャンセルカルチャー」が輸入された日本の実情を明らかにしました。

 キャンセルカルチャーとは、著名人の言動に強い反発を覚えた人が、ボイコットを呼びかけて、その人を公的な職や立場、マーケットから追放しようとする事象を指します。

 英語で「キャンセル」というと、遡って無かったものとする、あるいはそれから一切手を引く、という意味合いです。この言葉ははじめ、壊れた男女の関係に対して使われていたスラング。つまり、思い出すのも腹立たしく、もう無かったことにしたいと思うような個人的な怒りが、社会運動として特定の成功した個人に対して向けられているところに大きな特徴があるのです。コール・アウト・カルチャーなどという表現も使われますが、大衆の前に引きずり出されて非難を浴び、名誉を傷つけられる点に変わりはありません。

 端緒は、2017年に大きな盛り上がりを見せた「#MeToo運動」でした。ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる過去30年間のセクシャルハラスメントが告発され、結果的に彼は職を失い、逮捕されました。

 この運動で大きな役割を果たしたのがSNSで、有名女優たちが彼から受けた被害を告発したことにより、一般の人々の間でも自らの被害体験を「#MeToo」をつけて投稿し、連帯する動きが広がりました。これまで泣き寝入りしてきた性被害を世に訴え出ることが可能になったのは、非常に良いことだったと思います。

 ワインスタインの問題は、本来、刑事事件となるべき事実が隠蔽されてきたところに本質があります。

 しかし、#MeToo運動から派生していったキャンセルカルチャーは、そのような被害者の救済のためのツールとしてではなく、気に入らない人間を弁明も許さずに葬り去るための装置として発動されるようになってしまったのです。

 性被害だけではありません。有名人の人種差別やLGBTQ差別ととられかねない発言が積極的に発掘されるようになりました。『ハリー・ポッター』シリーズの著者、J・K・ローリングはトランスジェンダーを女性とは認めないとの発言をして解雇された女性(不当解雇の訴えは1審で棄却、2審で認められた)をツイッターで応援したため、キャンセルカルチャーの対象になりました。一作家なのですから、以前であれば価値観が違うと論評して終わっていたでしょう。

 ウッディ・アレン監督の昔の性虐待疑惑は、事件当時、被害証言の真実性に疑いが残るとして不起訴となった真相不明の事例でした。しかし、これが蒸し返されると、俳優たちは彼の映画に出演したことを一斉に謝罪。まるで自分が経験したかのように他人を断罪するさまに驚きます。

 有名人が特定の政党や政治家を支持しているから、などという理由で糾弾するさまは、アイコンの引きずり降ろしの欲望に身を任せているようにしか見えません。

謝罪だけでは済まされない

 キャンセルカルチャーは誰でも例外なく、注目を浴びた瞬間に降りかかってくる可能性があります。今後は、何十年前の、たとえ子ども時代の言動であっても遡って恥をかかされ、「正しさ」を強制されることになるでしょう。

 そもそも、偏見のない人など存在しません。また、自分の言動が他人を全く傷つけたことのない人など存在するでしょうか。実際、裁いている側のコメントには、感情的で、法律を無視した私的制裁の願望を表明するものが少なくない。

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source : 文藝春秋 2021年10月号

genre : ニュース 社会 オピニオン