現在、立憲民主党に所属する衆議院議員の小川淳也氏を17年間にわたり取材した映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、2020年6月に公開すると予想もしなかった大きな反響を呼び、キネマ旬報ベスト・テン文化映画第1位を受賞した。私は今、その続編に当たるドキュメンタリー映画『香川1区』の撮影の真っただ中にいる。
企画のきっかけは、2020年9月の菅義偉政権の誕生によって、小川の対抗馬である自民党の平井卓也議員がデジタル改革担当大臣に就任したことだった。同じ選挙区の代議士が内閣の看板大臣になるとは、小川にとって青天の霹靂だった。保守地盤の香川県では「大臣」の名前は絶大だ。この出来事を受け、私は次期総選挙に的を絞った映画の企画について考え始めた。小川と平井、考えてみれば、これほど対照的な政治家も珍しい。
平井卓也氏は3世議員で、祖父も父も大臣経験者である。加えて平井家は、県内でシェア6割強を誇る四国新聞や日本テレビ系の西日本放送のオーナー一族であり、「香川のメディア王」と呼ばれる。平井氏自身も、大学卒業後は電通に勤務。その後、29歳の若さで西日本放送の社長に就任するなど、いわば“銀の匙をくわえて生まれてきた”人物だ。
一方の小川淳也は、「パーマ屋(美容室)のせがれ」であり、選挙に必要とされる「地盤・看板・カバン」は、まったくなし。東京大学を卒業後、自治省(現・総務省)に入省するも、官僚を務めるうちにこの国のシステムの矛盾に居ても立っても居られなくなり、2003年に当時の野党・民主党から“無謀な”出馬を果たした。初挑戦の時は落選したが、2005年に比例復活で初当選。以後、2009年の民主党が政権交代を果たした時のみ選挙区で勝ったが、あとはすべて比例復活。現在5期目だが、平井氏を相手にした選挙では、1勝5敗ということになる。ただし、負けた選挙でも徐々に票差を詰めており、小川の誠実な人柄や持続可能な社会を訴える政策が、少しずつ有権者に浸透してきている。ちなみに小川は、政治家の資質に必要とされる“清濁併せ呑む”といった面がまるでない。永田町では真っ直ぐ過ぎる性格ゆえに「修行僧」と呼ばれ、珍種扱いを受けている。だが渾身の正論で居並ぶ閣僚たちに迫り、聴く者の心を奪った2019年の「統計質疑」によって、「こんな政治家がいたのか」と、一部の熱心な国会ウオッチャーから熱い期待を寄せられている。
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source : 文藝春秋 2021年11月号