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【イベントレポート】文藝春秋カンファレンス「従業員エクスペリエンス」〜採用から定着、活躍まで考える、組織エンゲージメント、企業カルチャーの構成〜

 長引くWithコロナでリモートワークが広がり、企業内のコミュニケーションが変化している。さらに働き方改革による生産性向上も求められる中、社員のモチベーションやエンゲージメントを左右する「従業員エクスペリエンス(従業員体験、EX)」が注目されている。10月13日に開催されたオンラインカンファレンス「”熱意をつぶさない” 従業員エクスペリエンス」には約500人が参加。識者やサービス事業者らの知見を通じてEXに関する考察を深めた。

◆基調講演

 「マーケットデザインで実現する、メンバーの熱意を汲み取る人事配置」

小島さん㈰
 
東京大学経済学部教授
東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)所長
小島 武仁氏

 2012年と20年にノーベル経済学賞は「マーケットデザイン」の研究者が受賞した。昨年、米スタンフォード大教授から東京大学教授に転じ、マーケットデザインの実践的な研究に取り組む小島武仁氏は、その理論を応用した人事配置が、従業員エンゲージメントを高める可能性について語った。

 マーケットデザインは、人同士の関わりを広義のマーケットととらえ、うまく機能するようにマーケットの制度設計を行う。米国では1950年代から研修医と配属先病院をマッチングする仕組みに採用されていて、近年は日本でも研修医の配属、保育園と児童とのマッチングなどに活用されている。

 人事配置のマッチング失敗は社員のパフォーマンス低下や離職につながる。マーケットデザインの知見を用いたコンピューター・アルゴリズムは、情報を網羅し、希望を最大限にかなえることで、全体の不満を最小化する。

 マッチング最適化には次のような駆け引きの問題を解決する必要がある。従業員x、y、zが部署A、B、Cの順で配属を希望し、部署A、B、Cは従業員x、y、zの順で受け入れを希望している。順当なら、部署Aにx、Bにy、Cにzとなる。ところが、ここで従業員zが駆け引きをして、本当は第2希望のBを第1希望とする偽りの情報を提出すると、第1希望の段階で従業員x、zがそれぞれ部署A、Bに配属される。すると、従業員yは、自身の第1希望、第2希望の部署A、Bが先に埋まってしまうので、結局第3希望のCに配属されてしまう。こうした駆け引きを排除するには、受け入れ保留方式の「Gale-Shapley(G-S)アルゴリズム(別名、受け入れ保留方式)」を採用する。これは、第1希望段階で部署Bへの従業員zの配属を決定せず、Bへの配属希望が出尽くす第2希望段階まで保留する。すると、従業員yは順当にBに配属され、社員にとって最善の結果が得られる。

小島さん㈪
 

 米グーグルは、G-Sアルゴリズムを既に採用。日本でも、小島氏が企業と協力して導入を進めている。あるメーカーでは、G-Sアルゴリズムにさまざまなカスタマイズを施し、社員から見た第1希望配属率約80%を達成した。「双方の希望を聞けば、社員は自身の強みを考えるようになる。まだ研究途上だが、エンゲージメントへの効果も解明されつつある」と語った。

テーマ講演①

 「コロナ禍でエンゲージメントを最大化する為の従業員エクスペリエンス」
~従業員体験と候補者体験の双方を意識したHR改革とリファラル採用~

鈴木さん㈰
 
株式会社MyRefer
代表取締役社長 CEO/Founder
鈴木 貴史氏

 人材サービス会社入社4年目の2015年に社内ベンチャーを設立し、18年にスピンアウトを果たしたMyRefer(マイリファー)の鈴木貴史氏は「あらゆるつながりが希薄化するコロナ期に、企業は従業員エンゲージメントを向上させる必要がある。リファラル採用やインターナルモビリティを強化し、従業員や採用候補者に優れた体験を提供することが大切だ」と語った。

 リファラル採用は、社員が友人らに自社を勧めて、仲間集めをする手法。採用候補者(社員の友人)にリアルな情報提供ができるためミスマッチが少なく、既存社員とのもとからあるインフォーマルネットワーク(自然に生じている人間関係)によりオンボーディングも円滑でエンゲージメントも高まる。採用コスト削減にもつながる。

鈴木さん㈪
 

 ただし、リファラル採用は、社員が友人を紹介してくれるのか、という懸念を抱く企業も多い。鈴木氏は「どの企業にも、紹介に積極的な社員が2割程度いる」と指摘。多数派の受け身な社員層も巻き込んで、リファラル採用の文化浸透、仕組み化するには工数がかかるので、中長期のHR改革として取り組むべきとした。

 インターナルモビリティは、社内公募制度や社内FA制度により社内の雇用を流動化する、既存社員の最適配置。会社主導ではなく、社員の希望による人事異動が実現すれば、社員が自発的にキャリア開発できる。こうした成長機会の提供はエンゲージメント向上、離職防止につながることが期待できる。ただし、募集ポストの情報共有を含めて、制度の認知が高まらなかったり、他部門への異動に対して管理職からの抵抗があったり、という理由で形骸化するおそれもある。

 MyReferは、社内の空きポストを社員が認知するプロセスは、採用と異動の双方に共通で、友人に紹介するか、自分で応募するかの違いであることに着目。ポストの募集情報を簡単に共有できるプラットフォームと共に、制度構築時の人事部門への負荷が大きいという課題を解決するBPOや、制度導入・改善のコンサルティングを提供する。「『つながりで日本のはたらくをアップデートする』というビジョンを実現したい」と語った。

特別講演①

 「個だわりつなげて未来をつくる」
~ロート製薬のSustainable engagementへの挑戦~

倉さん㈰
 
ロート製薬株式会社
取締役 人財・WellBeing経営推進本部
髙倉 千春氏

 1990年代以降、イノベーションの担い手となる人財は企業経営の重要な資本、投資対象と見られるようになった。外資系医薬品メーカーや食品メーカーで人事の要職を歴任したロート製薬の髙倉千春氏は「人的資本には、他の資本にない“心”があり、その心に火をつけないと価値が出ない」と、人事施策のベースとなる従業員エンゲージメントの重要性を語った。

 多様な価値観を持つ人財に最大限の力を発揮してもらい、組織の力とするためには理念が重要で、人財戦略は経営理念・事業戦略との連動が求められる。ロート製薬は、世界の人々が、より良く生きるためのウェルビーイングを実感できる時間を長くすることを目指す経営ビジョン「Connect for Well-being」を掲げている。これを受け、人事部門も、従業員のやりたいこと、自律的な思いを尊重して、それぞれのウェルビーイングを高め、エンゲージメントを向上させる人財マネジメントのビジョン「“個だわり”つなげて未来をつくる」を制定した。

 ただ、日本企業は海外に比べてエンゲージメントが低い傾向がある。その理由を「プロフェッショナルとしてのキャリアを追求する、個の主体性が希薄だからではないか」と推測。「個人が創出を望む仕事の価値を実現する場」として、同社では、複業や兼業の推進、社内起業家支援の先駆的な取り組みをしてきた。その結果、無菌製造現場の経験を生かした地ビール事業、自治体の戦略推進マネージャーなどの副業、社内の他部署との兼業をする社員が延べ180名ほどとなった。社内起業も副業を起業した社員がコーチ役となって計画策定を支援。経営陣のほか、社員からも歩くたびに貯めることができる社内健康通貨「ARUCO」を使ったクラウドファンディングで支援を受けられる仕組みを設け、3グループが事業を立ち上げた。

倉さん㈪
 

 髙倉氏は「会社に属する個人という位置づけではなく、会社と対等の個人が会社と共成長することを目指す」と強調。人事部門は経営目線を持ち、各従業員の考えをきめ細かくとらえて成長機会を提供するなど、人事をより戦略的な仕事に進化させる必要があると訴えた。

テーマ講演②

 企業カルチャーの発信が鍵! 活躍人材を増やすための「従業員エクスペリエンス戦略」

久保さん㈰
 
株式会社PR Table
Public Relationsマネージャー
久保 圭太氏

 活躍人材を増やしたい企業は、コロナ下で採用活動がオンライン化する中での採用や、能力を十分に発揮してもらうための従業員の働きがい向上に課題を抱えている。企業のコンテンツ発信、コミュニケーションを支援するPR Tableの久保圭太氏は「魅力的な企業カルチャーを醸成・発信して、社内外からの求心力を高めることが、これらの課題解決につながる」と語った。

 企業カルチャーは、社員一人ひとりが企業理念に共感し、体現することで生まれる共通の価値観と定義され、多くの企業が、その醸成に取り組んでいる。しかし、同社調査で、取り組みが順調と回答した企業はわずか1割。国連のSDGs(持続可能な開発目標)やダイバーシティ・アンド・インクルージョンなどの社会課題に対する企業活動も、社員には自分ゴトとして伝わらず、共感を広げられずにいる。

 こうした状況について「会社の取り組みを説明的に伝えても、顔の見えない情報への共感は得られない」と指摘する。社員に自分ゴトとして感じてもらうためには、会社の取り組みを、社員自らの経験、従業員体験に変換し、記事やインタビューの形で発信する。身近に顔の見える社員が主語になったストーリーの方が、社内の共感を格段に得やすくなる。採用候補者や、投資家、地域住民など、社外のステークホルダーに対しても、企業カルチャーを体現した社員の“想い”がこもったストーリーは、プレスリリースの説明より、魅力的に伝わる。

久保さん㈪
 

 ソーシャルテクノロジーの進化で、PR(パブリックリレーション)は、メディア基点から、「個」を基点に社会との関係をつくるパーソナルリレーションへとシフトしている。多くの企業で利用されているPR tableの企業カルチャー発信クラウド「talentbook」を紹介した久保氏は、コンテンツの企画・制作から、配信、フィードバック収集まで、効果的な情報発信を一貫して支援できる機能がそろっている」とアピールした。

テーマ講演③

 企業への帰属意識の低下を防ぐ!
組織課題の可視化によるエンゲージメント向上の土台作り

 

佐野さん㈰
 
株式会社SmartHR
プロダクトマーケティングマネージャー
佐野 稔文氏

 労働力人口の減少、働き方改革による労働時間の削減によって、業績の維持・向上には、人材の維持・確保と、社員1人当たりの生産性向上が喫緊の課題だ。SmartHRの佐野稔文氏は、仕事への前向きな姿勢や、組織に対する愛着といった社員のエンゲージメントが、人材の維持と従業員の生産性のどちらにも影響を与えるとデータで示し、「働く理由が多様化する中、企業は金銭報酬以外の価値にも目を向けてエンゲージメントを高める必要がある」と強調した。

 それには、組織課題の可視化、施策実施、効果検証のサイクルを回し、従業員体験を着実に改善するしかない。組織課題の発見には従業員サーベイで社員の声を聞くことが有効だ。サーベイの質問作成は、専門的知見が必要で、学術的に検証された既成の質問項目を使うことが重要となる。また、取り組みの前提として、既存業務に忙殺される人事・労務部門の業務を効率化して、新たな取り組みをする時間的余裕をつくることも必要になる。

 SmartHRは、労務管理クラウド 3年連続シェアNo.1(※)のクラウド人事労務ソフトとして知られるが、最近は蓄積した人事・労務データを活用する人材マネジメント機能も充実させている。従業員サーベイはその一つ。大学教授と共同で、エンゲージメントや理念への共感などについて、3~4分で回答できる質問を開発した。従業員情報とのクロス集計による課題の特定や、過去の調査データと比較して施策の効果検証ができる分析機能なども備えている。

佐野さん㈪
 

 人事・労務部門の業務効率化では、ペーパーレス化により、印刷、配布、回収など煩雑な紙の業務を効率化。データの一元管理により、抜け漏れも多い人事・労務データを活用できるように整備する。国税関連の4倍超にのぼる社会保険・労働保険関連の申請等を電子・オンライン化すれば、業務を大幅に軽減できる。「テクノロジーと創意工夫で、気持ちよく働ける会社を増やす、当社の『エンプロイー・ファースト』のビジョンを実現したい」と語った。

 ※デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2020年度」

特別講演②(不寛容な組織からの脱却)

 「表現とコミュニケイション」

鴻上さん㈰
 
作家・演出家
鴻上 尚史氏

 フランス人のおじさんが嘆いていた。コンビニエンスストアでお酒を買おうとしたら、レジで「私は20歳以上です」と表示されたボタンを押すように求められた。「私は明らかに20歳過ぎ。なのに、黙ってボタンを押せというのはコミュニケーションの拒否ではないか」と。「同調圧力」などの著書がある作家・演出家の鴻上尚史氏は「これは、日本人が社会の人とのコミュニケーションを放棄していることを示す典型的現象だ」と語る。

 世間(知っている人、身内)の対義語は、社会(知らない人)。「日本人は世間とだけコミュニケーションして、見知らぬ社会の人とは関係を築こうとしない。だから、マスク着用にも抵抗が少ない」と指摘する。

 ところが、コロナ禍で、これまで重視されてきた世間との関係の解体が加速しているという。世間との関係は、①職場でボスが帰らないと退勤できないといった「共通の時間意識」、②中元歳暮や上司のおごりなど「贈与・互酬の法則」、③先輩後輩の関係など「長幼の序」、④夫婦同姓の強制のように、非合理でも、そういうものだと正当化する「神秘性」、⑤外に対して敵意や競争意識をあおり、求心力を強化する「排他性」――の5つのルールに支えられてきた。グローバル化が進み、コロナ下でリモートワークも広がると、これらのルールの縛りは必然的に緩む。これからは同調を求める世間より、ダイバーシティを尊重する社会との関係を築いていくことが求められていく。

鴻上さん㈪
 

 その時にカギとなるのが、相手の立場に立って何を考えているのかを考える能力、エンパシーだ。しかし、相手の心の中を見ることはできない。ではどうするか。たとえば、寄付した人に対して、見えない心の中を想像して、売名行為と批判するのではなく、目に見える行動に焦点を当てて考え、評価するしかない。エンパシーで成り立つ未知なるもの、社会との関係は、同調性の高い世間との関係と違って不安になる。「だから、揺り戻しもあるだろうが、それでも相手と対話しながら前へ進むしかない」と訴えた。

2021年10月13日 文藝春秋にて開催  撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。

 

source : 文藝春秋 メディア事業局