菅が描く「反・大宏池会」連合 安倍と関係修復し、茂木に恩を売る…

赤坂太郎

ニュース 政治

最高権力者の心象風景

 コロナ対応へのもたつきで低落傾向にあった岸田文雄政権の支持率は、ロシアのウクライナ侵略によって何とか踏み止まっている。7月10日に予定される参院選を控え、一時は頓挫したかに見えた自民・公明両党の相互推薦も急転直下、合意に至った。

 だが、掴みどころのない“善人総理”の足元では、派閥の合従連衡を睨んだ地殻変動の鳴動が不気味に響く。

「菅内閣はワクチンの一本足打法だったが、私の内閣では様々な対策を打って医療崩壊を防いでいるんだ。『菅内閣の感染症対策は良かったが、岸田は失敗だ』なんてふざけるなと言いたいよ」「『コロナ鎖国で日本離れ』なんて書く日経新聞は酷いよな」

 急に春の陽気となった2月下旬、首相の岸田は気心の知れた議員にこう本音を漏らした。言葉の端々から滲むのは、最高権力者の心象風景だ。昨年秋の衆院選で大勝し、自民党内に確たる政敵も見当たらない。野党はてんでバラバラだ。そんな中での岸田の焦りは、「他に適当な人がいない」という消極的世論に支えられる内実の脆さを誰よりも認識しているからにほかならない。

 基盤を固めようと躍起になる岸田が最も警戒するのは、前首相の菅義偉だ。菅は年明け以降、岸田内閣の支持率低下と軌を一にするように活動を活発化させてきた。マスコミやネットメディアでの露出度を一気に高めたばかりか、自民党内での連携の動きも加速させている。

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カット・所ゆきよし

 3月15日には、元幹事長の二階俊博とその側近である林幹雄、前国対委員長の森山裕という岸田内閣の「冷や飯三人組」とともに赤坂のフグ料理店で密談。菅と当選同期で側近の前総務会長・佐藤勉が2月末、所属する麻生派を3人の仲間と一緒に退会し、菅に派閥結成を働きかけているとの情報も駆け巡り、岸田を刺激した。

 永田町では「佐藤らが加わっていよいよ菅派結成か」と目されるが、いまだ菅の心中は揺れる。菅と親しい中堅議員はその事情を「菅さんに近い無派閥議員は資金力の乏しい若手が大半だ。派閥を立ち上げたら、菅さんだけではカネの面倒を見切れない」からだと解説する。このため、二階派幹部で前総務相の武田良太や自前の派閥を率いる森山、それに元幹事長の石破茂らの動向を慎重に見極めた上で、菅は派閥結成の可否を判断するとみられる。

 これらの面々を統合すれば、70人規模の派閥になるとメディアは喧伝する。ただ、先述の資金面での問題などから「二の足を踏む議員も少なくない。単純な足し算にはならない」(二階派若手)との見方が根強い。

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二階氏

「核共有論」の裏に覇権争い

 それでも菅は、自らを政権の座から引きずり下ろした岸田への怨念から、岸田包囲網の布石を次々と打っている。3月13日投開票の石川県知事選は保守分裂で大激戦となったが、当選した元文科相・馳浩の応援に菅が2回も入った動きが象徴的だ。集会では、首相として1日100万人超のペースで進めたワクチン接種の成果を強調する一方、「やはり1日も早く追加のワクチン接種を行うことが大事だ」と岸田政権のワクチン接種の遅れを皮肉った。

 馳は元首相の安倍晋三率いる清和会(安倍派)所属で元首相・森喜朗の側近であり、菅との関係は薄い。それにもかかわらず、なぜ菅が応援に駆けつけたのか。実は菅に応援を要請したのは安倍だった。この知事選には安倍派からは馳のほか、参院議員だった山田修路も立候補。前金沢市長を含めて保守三つ巴の激戦となっていた。安倍は自派から2人が出馬するのを止められず、支援する馳が仮に落選すれば、調整能力不足を批判される恐れがあった。このため、人気が復調傾向にある菅に応援を依頼したというわけだ。菅としても、「対岸田」を考えて安倍との関係を修復しておくメリットを計算し、要請を快諾したというのが真相だ。

 安倍との距離を縮めたい菅の思惑が如実に表れたのが、3月2日、インターネット番組収録で「ニュークリア・シェアリング」(核共有)に踏み込んだ場面だった。普段は安全保障問題などに全く関心を示さない菅が「日本は非核三原則を決めているが、議論はしてもおかしくない」と主張したのだ。これは、安倍が2月27日のテレビ番組で「核共有」に初めて言及し、「議論をタブー視してはならない」と述べて保守層から喝采を浴びたことを受けての発言だった。

 被爆地広島の出身で『核兵器のない世界へ』という著作もある岸田が安倍発言に賛成できないことを菅は見越していた。そこで、安倍発言に賛同することで、安倍と共に「岸田包囲網」を構築しよう――そんな意図が透けて見える。さらに今も菅と気脈を通じる日本維新の会代表の松井一郎が「核共有の議論は当然だ」と賛同。菅発言の翌日、維新として「核共有の議論を政府に求める提言書」を外務省に持参した。この動きからも、岸田を牽制する意図は明らかだった。

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安倍氏

「安倍取り込み」に動いた岸田

 もっとも、岸田も手を拱いているばかりではない。菅の動きを封じ込めようと、ロシア軍のウクライナ侵攻を奇貨として、菅に負けじと安倍の取り込みを図る。

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source : 文藝春秋 2022年5月号

genre : ニュース 政治