ミックスをエンジョイする

日本再生 第82回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ ライフスタイル

 今年の正月ちょっと前から、アイドルグループ“嵐”のメンバーが日本郵政のコマーシャルに出て、「そうか! 平成30年か! そうか、年賀状書くか」と声を合わせていた。そのコマーシャルに合わせて、ベルリンの壁崩壊のニュース映像が流れ、30年という時間の流れを一瞬に表現していた。あれを見て今年は年賀状を書いた人も多かったのではないか。

 私は、久しく年賀状を出してないので、届く年賀状も年々徐々に減っていた。だから、あのコマーシャルを見ても、「そうか、年賀状書こう!」とは思わなかった。しかしその代わり忽然とよみがえった懐かしい記憶がある。それは私が中学3年の冬休みを丸々使って、年賀状の集配を手伝うアルバイトをやったことだ。

 年賀状は前に比べて少くなったとはいえ、今も、元日に15億通もの量が、配達されている。その大半が事前受け付け制度を利用して、事前に郵便局に持ちこまれ、事前に配達局の配達人のところまで届けられる。配達人は、日常の郵便物配達業務とは別に、年賀郵便を事前に受けとって、正月の年賀状配達にそなえる。正月になると、配達人は、一斉に膨大な量の配達郵便物(年賀郵便プラス通常郵便)をかかえて走りだし、配達してまわる。これが、日本で何年にもわたって繰り返されてきた光景だ。年賀状は、通常の郵便物の何倍にも増えるから、受け付けがはじまったとたんに集配の仕事量が一挙にドドッと増えて、アルバイトの季節労働力なしには仕事がまわらなくなる。

 どれだけアルバイトを増やすかは、地域によってちがうだろうが、少年時代私が住んでいた茨城県水戸市では、私が中学3年生のときに、はじめて中学3年生を年賀状集配のためのアルバイトとして募集することになった。それをビラで見たか、新聞広告で知った私は早速応募した。

 いまは郵便番号と宛先住所の電子式読み取りで、自動的に分類していくが、当時の仕分けはかなりの部分が人間の知力とベテラン局員の経験知と判読能力を活用して、頭をひねりつつ分類していく時代だった。アルバイトとして選ばれた学生は、毎日朝から晩まで水戸市の中央郵便局に通って、裏口から集配作業場にまっすぐ入り、ベテラン局員に叱られながら作業に従事した。その日々は、肉体的には大変だったが、不思議ななつかしさをもって記憶によみがえってくる。

 今思うと、あれが、大人の労働現場に入って、大人と同じ作業をして金をもらった最初の経験になる。

 なぜあのアルバイトをしたかというと、私はお金がほしかったのだ。あの頃、ごく普通の家計水準の家の子供として、普通のお小遣いはもらっていたが、それ以上のお金がほしかった。あの年、岩波書店からそれまでにない本格的国語辞典として、「広辞苑」が売り出され、その大宣伝にひかれて、それがほしくなったのだ。手元の「広辞苑」をのぞくと、第1版第1刷は1955年とある。それがあのアルバイトをした、私が15歳だった年だ。親に頼めば買ってくれたのかもしれないが、家の経済事情からすると、ちょっと高すぎた。それで郵便局のアルバイトで稼ごうと思ったのだ。しかし、いざバイト代をもらってみると、意外に多額で、「広辞苑」が楽に買えたばかりか、角川の本格的な漢和辞典、簡野道明の「字源」(増補版)まで買えた。これはその後もずっと使い続け、今も机上にある。

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source : 文藝春秋 2018年03月号

genre : ライフ ライフスタイル