台湾の安全保障分野の第一人者が日本に期待する軍事支援を明かす(聞き手・牧野愛博)
掲仲氏
習体制が虎視眈々
中国共産党の習近平総書記が、異例の3期目に突入する。権力の維持という最重要目標を達成した習体制が虎視眈々と機会をうかがうのが、台湾統一だ。
8月上旬には、米国のペロシ下院議長の訪台に反発した中国が、台湾を取り囲むように周辺6カ所で大規模な軍事演習を実施して、情勢が緊迫したばかりだ。いま現地・台湾はどのような対応を迫られているのか。そして台湾は、米国や日本に、どのような対応を期待しているのか。
台湾の安全保障専門家の第一人者で、国家政策研究基金会・副研究員の掲仲氏に、現地の視点で台湾危機について聞いた。
中国の目標は「台湾全土占領」
――習近平氏の3期目について、どのように見ていますか。より強硬な対外政策をとるようになり、2027年まで続く3期目中に、台湾に侵攻する可能性があるとの指摘もあります。
掲 習近平氏は中国人民解放軍を強力な力で掌握しています。軍の高官もほとんどが、習近平氏がトップになってから任命された人物です。中国共産党内部でも、習近平氏を脅かす人物はいません。一方で、国内経済に不安を抱え、中国を取り巻く国際情勢も流動的です。習近平氏は国外に対して強硬姿勢をとって、中国国内の異なる意見を鎮めていかなければならなくなると考えています。
中国の軍事力は、特に2025年以降、かなり速いスピードで成長していくとみています。逆に、米軍が西太平洋に配備している艦艇や兵器はこの時期、大幅な交代期に入る。新しい装備の投入が間に合わず、米軍の西太平洋地域での抑止力が一時的に弱まる懸念がある。このため、中国が挑発行動に出るのではないか、との懸念を払拭できません。
米国政府や米軍の一部には、習近平体制が3期目の終わりを迎える2027年、中国国内で権力闘争が起きて、台湾海峡で緊張が高まると懸念する声もあります。
ただ、私は、台湾海峡危機が起きる可能性が最も高まるのは、2027年ではなく、2030年から2035年にかけての時期だと考えます。
なぜなら、中国が台湾に侵攻するとしたら、台湾問題の徹底解決を図るため、台湾全土を軍事的に占領することを目標とし、作戦においては「速戦即決」を求めるからです。2030年から2035年の期間こそ、中国が速戦即決で台湾侵攻を遂行する能力が整えられる時期です。
3期目を迎える習近平国家主席
抵抗の連鎖反応を恐れている
――なぜ限定的な武力行使ではなく全面的な武力侵攻、それも速戦即決の戦術が必要なのでしょうか。
掲 人民解放軍内の大多数の意見は、限定的な武力行使では台湾の反中国勢力を一掃できないので、全土を占領して台湾問題を一気に解決しなくてはいけない、というものです。
中国が台湾への武力侵攻を決意した場合、海外の勢力の介入を招くことは中国自身も当然予測しています。南シナ海の諸国だけでなく、日本やインドも、中国との領土問題が解決していませんから無視できません。さらに、台湾への武力侵攻により、中国内の新疆ウイグル自治区やチベット自治区などで騒乱が引き起こされる可能性もある。
つまり、中国からすれば、一気に徹底的に台湾を叩き、占領しない限り、反中国勢力の復活を許してしまう。抵抗の連鎖反応が起こらないように「速戦即決」が重要だと考えられているのです。
もちろん、一部の問題で台湾に譲歩を迫るため、外部との航空・海上交通を阻害したり、台湾本島から離島への物資補給を妨害したりする可能性はあります。でも、それは統一にはつながりません。
――では、現在の中国が速戦即決の戦術を行使するにあたり、何が足りないのでしょうか。
掲 いま中国に欠けている点は3つあると思います。
1つ目は、現時点で人民解放軍の作戦遂行能力の及ぶ範囲が、第一列島線(日本列島から台湾を通り、南シナ海を囲むように伸びるライン)と、第二列島線(伊豆諸島から小笠原諸島、グアム・サイパンを経てパプアニューギニアに向けて伸びるライン)の間くらいまでしか及んでいない点です。例えば、中国の対艦弾道ミサイルは米軍艦艇に対する大きな脅威ですが、攻撃には正確な位置情報が必要になる。中国は現在、第一列島線付近を航行する艦船の位置情報は正確に把握していますが、第二列島線に近づくにつれ、その情報の精度が低くなっています。
2つ目は、人民解放軍には、陸海空の各戦力に加えて宇宙・サイバー・電磁波・認知領域などを総合的に駆使できる「統合作戦能力」が不十分だという点です。習近平氏は2012年秋の体制発足後、人民解放軍の改革に邁進してきました。それでも、3期目の任期末にあたる2027年までに、近代的な統合作戦を完璧に実施できるようにはならないでしょう。
そして、3つ目が後方支援能力の問題です。中国が台湾に全面武力侵攻する場合、3000万トン以上の物資と600万トン弱の燃料を台湾に送り込む必要があります。これだけの量を人民解放軍の各部隊に正確に届けなければならないのです。ただ、後方支援には軍だけではなく各関係部署との連携も必要で、その整備の速度はそれほど上がっていない。
こういった欠点を中国が克服するのに、2030年から2035年までかかると見込まれます。
8月に行われた中国の大規模演習
挑発を避けていた大規模演習
――8月の中国の大規模な軍事演習をどのように見ていますか。
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source : 文藝春秋 2022年11月号