ロシアの専門家によると、プーチンは決して理性を失っているわけではないと言います。プーチン本人も自分は理性を保っていると思っているでしょう。しかし、誰かが自分は理性を保っている(rational)と主張することは、その人がrationalであることを意味しません。
人間は、腐りやすい物を冷蔵庫に入れたり、車に常にガソリンを入れておくなど、自分の生活に関係することでは完璧に理性がありますが、いざ政治や科学についての意見となると、反対意見を持つ人からみるとまったく筋が通らないことをやります。だからフェイクニュースや陰謀論が勢いを増しているのです。
最近、私は大学で行った講義をまとめて“Rationality”(邦訳『人はどこまで合理的か』草思社刊)を執筆しました。本書では、論理、確率、相関と因果、ゲーム理論などの合理性を鍛える7つのツール、言わば処方箋を示しました。このツールを使って思考することができるようになると、合理的な思考ができるようになりますが、これらは政治、ジャーナリズム、アカデミズムの文化の一部になるべきものです。
相手と意見が食い違った場合、対話や議論をするのではなく、相手を一方的に攻撃することが最近の傾向ですが、これはソーシャルメディアの影響であると言われています。間違いは誰もが犯します。そのことを認識し、相手が間違いを犯したときに攻撃するのではなく、合理的にオープン・ディベートをすることが文化にならなければなりません。
もちろん、どれほど合理的に説明しても相手が納得しないことは往々にして起こります。最近、社会問題にまで発展しているキャンセル・カルチャーも合理的な対話や議論を経ないで、過去の言動を掘り起こし、それらを理由に対象の人物を社会的に葬り去る、現代における「排斥」(キャンセル)の形態です。これは明らかに合理的な行為ではありません。
アメリカでは、チャーリー・ローズという著名なTVジャーナリストが何十年も昔のセクハラ行為を掘り起こされて追放されましたが、私は残念でなりません。大学では、同意のもとでの学生との性行為を合意はなかったと訴えられ、永久追放された教授がいます。
これらの報道はセンセーショナルですが、もはや正義ではありません。多くの女性は仕事場でセクハラを受けた経験がありますが、だからと言ってセクハラ行為を行った男性が受けるべき罰はその行為に比例すべきであって、永久追放するという罰は、明らかに社会全体のマイナスです。当事者が合理的な説明や話し合いをする機会を全く与えられずに、追放されるのはやはり行き過ぎでしょう。
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