経営者は古典に学べ

経済復活の切り札は?

楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授
ニュース 社会
楠木建氏 ©文藝春秋

 1999年に親会社キヤノンの役員からキヤノン電子社長に「左遷」された酒巻久氏は、就任するとすぐに「高収益企業化」のビジョンを掲げ、意識改革に乗りだした。不採算の関連会社を整理し、設備の内製化を進め、徹底的にコストを切り詰めた。10年で経常利益率を20%にするという具体的目標を掲げ、目標を達成したら給料アップとボーナスで社員に還元することを約束した。酒巻氏の社長就任6年目には、1%しかなかった経常利益率は10%の大台に乗った。

 カネが貯まれば成長投資ができる。酒巻氏は超精密加工技術と磁気制御技術という二つのコア技術を基盤とする分野に集中的に投資し、それ以外の事業は切り捨てた。社長になって10年後には、長年温めていた構想の実行についに踏み切る。2021年、独自技術を結集して超小型人工衛星を市場化し、宇宙事業に参入した。親会社のキヤノンに依存する凡庸な生産子会社だったキヤノン電子は独立自尊の企業に生まれ変わった。つくづく会社は経営者次第だと痛感する。

 経済のエンジンは企業。個別企業の集積で日本経済が成り立っている。経済があって企業があるのではない。それぞれの会社が独自の戦略で競争力を構築し、稼ぐ力を取り戻さないことには日本経済の再生はない。企業のドライバーは経営者だ。会社は経営者次第でどうにでもなる。極論すれば、良い会社・悪い会社というものはない。優れた経営者とダメな経営者がいるだけだ。喫緊の課題である賃金上昇にしても、経営者が儲かる商売を創り上げないことには始まらない。

 経営者に固有の役割は、将来に向けての決断をすることにある。そこに外在的・客観的な基準はない。先験的にどちらの選択肢がより「良い」かが分かっていれば、良いほうを選べばいいだけの話だ。何かにつけて「一理ある」と言う人がいる。二流経営者の特徴だ。この世の中で「一理もないこと」などほとんどない。異なる「理」のどちらを取るか――ここに決断の内実がある。

 決断に外在的な基準がないからこそ、教養が経営者の資質として不可欠になる。教養とは知識の量や範囲ではない。広範な知識を持っていても、教養のない人は少なくない。自分の視点で対象をつかみ、自分の頭で評価と判断を加え、自分の言葉で伝えることができなくては教養があるとは言えない。その人に固有の価値基準を形成する知的基盤――これが教養のもっとも正確な定義だと思う。

読む順番が大事

 教養というと経営者の仕事の具体的な局面では役立たない、フワフワしたものであるかのように誤解している人が多い。しかし、実際は正反対だ。スキルやノウハウといった個別具体的な知識は確かに有用だが、教養にははるかに汎用性がある。どんな状況で、何に直面しても、教養を持つ人であれば、自分の内在的な価値基準に則して決断できる。大局観と言ってもよい。教養ほど実践的で実用的なものはない。

経営者に必要な教養とは? ©iStock

 教養を獲得するための王道は何と言っても読書だろう。「実践的なビジネス書」のほとんどは教養の形成に役に立たない。有用な情報や知識を得ることはできても、読み手の価値基準にまでは影響を及ぼさない。読むべきは古典だ。長い歴史の中で多くの人が読む価値があると認めてきた超一流の書物だけが古典として残る。現在に至るまで読み継がれてきた古典は間違いなく教養の錬成にとって有用だ。

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source : 文藝春秋 2023年2月号

genre : ニュース 社会