矢崎泰久さんの思い出

巻頭随筆

立木 義浩 写真家
エンタメ メディア 読書

 矢崎泰久さんとはじめて会ったのは、渋谷の喫茶店だった。友人の和田誠さんからの電話で一度会ってくれと言われたのだ。和田誠の友だちだという雰囲気はこれっぽっちもなかったが、持参した写真を何枚か見せると、私が気に入っている座間基地で撮った写真を「いい」と言った。写真がわかるんだと思ったら、いい奴に見えた。

矢崎泰久氏 ©文藝春秋

 このときのことを矢崎さんは55年後に上梓した『タバコ天国』(2020年)に記している。曰く「いろいろな写真を見せてもらったところ、『ブルース』とタイトルのついた作品に心を奪われた。黒人兵士が、いかにももの憂げに煙草を天に向かって吐き出していた。感動的な写真だった」と昨日写真を見たように書かれているのがすごい。写真にはひとりの黒人女性とふたりの黒人男性と1台の車が配置よく写っているが、兵士の格好をした黒人もいなければ誰も煙草を喫ってはいない。だが全体にもの憂げであることは確かである。まあ詳細はさておき、50年以上たっても記憶している写真があって、自分のイメージに合わせて紫煙をトッピングした瞬間に、この写真は矢崎さんのものになったと言える。これが写真家冥利に尽きるとは思っていないが。

 時を置いて『話の特集』が創刊される。矢崎編集長にアートディレクターは和田誠ですべては決まり。創刊2年目の1966年には中国で文化大革命がはじまり、ヴェトナム戦争でのアメリカ軍は沖縄本島からB-52爆撃機を北爆に向けた。ビートルズが来日し、サルトルとボーヴォワールも日本にやって来た。『平凡パンチ』の誕生。『11PM』の放送開始。演劇では「状況劇場」「天井桟敷」そして知識人によるはじめての市民運動である「べ平連」などが呱呱の声を上げた。

 そんな時代の創刊だった『話の特集』は、良きも悪しきも、ごった煮の鍋がグツグツと音を立てる時代の中にいた。時代がモノをつくるというけれど、いい意味でも悪い意味でも人たらしの矢崎さんは、徹夜マージャンに興じても相手を必ず雑誌の執筆者にしてしまう。その伝で言えば、私も知らず知らずのうちに篠山紀信さんとふたりで『話の特集』写真部にされていた。創刊から5年間巻頭のカラーグラビアを担当させてもらったが、2年目の1月号は原稿も集まって印刷所に入れたけれど本が出せなくなって、執筆者やカメラマンから70万を集めて限定5千部で世に出た。友人でカメラマンの大倉舜二さんはこの雑誌の仕事は一度もしていないのに義侠心からか正義感からかカンパしてくれた。

立木義浩氏 ©文藝春秋

 そのころだったか仕事が終わってわが家に着くと、傷だらけの矢崎さんが按摩を呼んで寝ていた。驚くというより呆れた。新婚まもない家に転がり込む理由を聞くと、金策で出会った金貸しが雇ったヤクザに横浜に連れて行かれ、徹底的に痛めつけられたらしいのだが、自業自得が風呂に入り飯を食うのをはじめて見た。

 自分が痛かった話もある。ある日雑誌の仕事で撮影に行った帰りに、アシスタントが運転している車がスリップして助手席にいた私は肋骨を骨折してしまう。アシスタントは無事で、なぜかその瞬間落語の『厩火事』を思い出した。田舎の病院に入院したという知らせを聞いて、矢崎さんと和田さんとウチの嫁さんが外車のハイヤーで迎えに来た。車に乗せられると嫁さんが助手席に座り、後部座席は右から和田さん矢崎さんで、私が左側だった。来るときに何時間もかかったこともあって矢崎さんは発車後寝入ってしまい、ときどき私にもたれてくる。眠れば誰でも天衣無縫で悪気がないから手に負えないと、痛さをカバーしながら東京の病院に着いた。

 思えば長いつき合いだった。編集長の仕事以外のテレビの企画で『遠くへ行きたい』のプロデューサーをやり、永六輔、五木寛之、野坂昭如、伊丹十三、立木義浩の5人でローテーションを組んだのも全員『話の特集』の執筆者だったのは身贔屓だったと思うけれど、いい番組だった。矢崎さんの心根はジャーナリストだったから編集長以外のことにも頭を突っ込んでは成功させている。

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source : 文藝春秋 2023年3月号

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