先月16日の韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領と岸田文雄首相との首脳会談は、前任の文在寅大統領時代に慰安婦問題と徴用工問題をめぐって史上最悪となったと言われる日韓関係を正常化させる上で大きな一歩となった。
会談後の共同記者会見で、尹大統領は元徴用工に関する韓国政府の立場は、1965年の日韓国交正常化の際の日韓請求権協定に立脚しているとし、「これを蔑ろにせず韓日関係を正常化させる」と強調した。またこれに関連して、日本企業に賠償を求めた2018年の韓国最高裁判決は従来の韓国政府の解釈とは異なると明確に述べた。首脳会談に先立って、韓国政府は傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が被告の日本企業に代わって賠償金相当額を原告に支払う解決策を発表した。岸田首相はこうした尹政権の対応と決断を「日韓関係を健全な関係に戻すためのものだ」と述べ、前向きに評価した。
首脳会談ではまた、韓国側が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の正常化を、日本側が日本による半導体関連素材の対韓輸出規制の解除を、決めたことを確認した。そして、両首脳は、形式にこだわらず、随時、会うシャトル外交の再開でも合意した。
もっとも、首相は韓国側が求めていた植民地支配への反省とおわびに関しては「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と述べるにとどめた。その立場とは、1998年の日韓共同宣言で使われた「痛切な反省と心からのお詫び」の認識のことであるが、その言葉に直接、言及することは控えた。安倍政権時代、「戦後70年談話」を出す過程で、「先の大戦における行い」について「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を書き記した。歴史問題に関する「謝罪」はこれをもって最後とするとの前提で踏み切ったものだった。岸田首相はそれを念頭に置かざるを得ない。
韓国国内では日本に譲歩し過ぎだとして、尹大統領に対する批判の声が強い。最大野党の「共に民主党」の代表は「尹錫悦政権が歴史の正義を否定し、日本に屈従する道を選んだ」と批判した。それに対して尹大統領は首脳会談後の閣議で「日本はすでに数十回にわたり、私たちに歴史問題について反省と謝罪を表明している」と述べ、反日を政治利用しないよう呼び掛けている。
こうした尹大統領の対日観は、これまでの韓国の政治指導者が拠り所とした対日政策の国内政治的かつ心理的型式を突き抜けている。
今回、尹大統領は、青瓦台(大統領府)の外交スタッフや外務省当局者の均衡漸進アプローチを抑えて、日本との突破快速アプローチによる関係正常化に向けて「孤独な決断」を下したようである。日本が譲歩した度合に応じて韓国も譲歩する、日本の「呼応措置」との見合いで韓国も「対応措置」を取る――そういった従来型の“バランス・シート外交”では戦略的な関係はできない、と思い定めたフシがある。
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source : 文藝春秋 2023年5月号