梨園の奇才が引き起こした一家心中。セクハラ、パワハラ批判で日本の伝統文化が揺れている
今年4月、歌舞伎座で上演された『新・陰陽師(おんみょうじ)』を観る機会がありました。『新・陰陽師』は、作家の夢枕獏さんが書いた伝奇小説『陰陽師 瀧夜叉姫(たきやしやひめ)』が原作で、平安時代に実在した陰陽師・安倍晴明が、友人の源博雅と共に悪霊退治に挑む様子が描かれています。この脚本・演出を担当し、役者としても出演していたのが猿之助でした。
『陰陽師』は過去にも歌舞伎の演目となっており、2013年、新開場した歌舞伎座で上演されています。それから10年が経過して、『新・陰陽師』としてリニューアルされたわけですが、猿之助の手によって前作より一段も二段も上を行く進化を遂げていました。
例えば、前作は新歌舞伎風に、現代劇に近い台詞回しや演出が取り入れられていたのに対し、新作では純歌舞伎風となり、古典をふんだんに取り入れた工夫が施されていました。猿之助ですから、新しさで勝負するかと思いきや、歌舞伎固有の演出技法を活かし、それが見事な成功を収めていたのです。
さらに驚いたのは、俳優陣の顔ぶれの一新とその成長でした。10年前のキャストを見ると、市川染五郎(現・松本幸四郎)、中村勘九郎、尾上松緑、尾上菊之助、市川海老蔵(現・市川團十郎)、片岡愛之助……誰もが知る名門の役者が勢ぞろいでした。
猿之助はこの俳優陣を一新し、次世代を担う若手を多く取り上げたのです。例えば、安倍晴明は29歳の中村隼人が、源博雅はまだ18歳の市川染五郎が務めた。普通の役者は、若手が伸びてきたら蹴飛ばすもの。役を与えて育ててやろうとするのは、歌舞伎界では「ずいぶん変わっている」と言われそうなものです。私はある意味感心しました。
役者が小粒になったかと思いきや、見てびっくりしたのは、この新鮮な顔ぶれが、猿之助の台本や演出によって、それぞれの見せ場を得てイキイキと輝いていたことです。舞台は前回よりも活気に満ち溢れていて、はるかに面白く感じました。
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source : 文藝春秋 2023年7月号