團十郎、勘三郎なら「それがどうした」とはねのけた
猿之助さんは子どものときから、芝居好きの火の玉小僧でした。
時は昭和の終わり頃、JR目黒駅でランドセルを背負った小柄な猿之助少年は、傘を小脇に抱えこみタッタッタッタッと、さながら弁慶が花道を引っ込むように、ホームで六方を踏んでいたそうです。
これは、猿之助さんの母でこの度お亡くなりになった喜熨斗延子さんから聞いた話。延子さんは、夫である段四郎さんの公演があれば、必ず劇場の入り口に立って贔屓筋などに挨拶していました。そこでわたしも時々、息子さんの話を聞くことがあった。いつも明るくて人柄の良い方でしたね。
小学2年生で初舞台に立った猿之助少年は、芝居が好きでたまらない雰囲気を全身にみなぎらせていました。『独楽』のだんだら模様の衣装でクルクル回転しながら剣の刃渡りをするとか、『子守』の綾竹を使った踊りとか、難しい所作事を堂々とこなしてみせました。常連客は将来恐るべしと、みんな舌を巻いたものです。
「とにかく道を歩くのでもまともに歩かないから困るんです。いつも踊りながらですから。家で一人で遊んでるときは、段ボール箱で芝居の大道具(舞台装置)を作って、『ねえ、見て見て』なんて持ってきてました」
などと、延子さんがうれしそうにお話しになっていたのが忘れられません。
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source : 文藝春秋 2023年7月号