著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、松本明子さん(タレント・歌手・女優)です。
いつも明るく、活発に動き回っていた母の姿が目に浮かびます。昭和五年に生まれた母は、幼い頃から演劇や歌が好きで、宝塚に入って舞台に立つことを夢見ていたらしいです。非常に芸達者で、後に茶道や日本舞踊では名取になるほどでした。ただ、女学校時代に太平洋戦争が始まり、日本が敗戦を迎えた時には十五歳。時代の波に翻弄され、夢を追うことは難しかったのでしょう。
母は、自分が叶えられなかった夢を、娘に託したかったのかもしれません。家庭を持って親になってからは、立派な“ステージママ”へと変貌を遂げ、私への英才教育が始まりました。幼稚園の頃から、一週間の予定は習い事でびっしり。茶道、習字、詩吟、日本舞踊……八つのお稽古をこなしていました。
母も母で、とにかく出たがりの人。学校のPTAでは会長に選ばれていないにも関わらず、なぜか自分が一番前に出てきた。着物が大好きで、よく自分で着付けをして出掛けていました。一方の私も、人前に立つことが大好きな女の子に。四歳か五歳の頃には近所の八百屋の台に立って、売れ残りのキュウリやナスをマイクに見立てて歌っていた。二人共とにかく目立ったので、近所では名物親子として知られていました。
そうして幼い頃から英才教育を受けた私は、特に母に反発することなく、敷かれたレールの上をきっちり走っていったのですが……思春期に差し掛かった頃、ふと思ったのです。「ここまで親に守られてきたけれど、自分一人の力で人生を試してみたい」。上京して歌手になりたいと両親に告げると、父は「東京なんてダメだ」と大反対。それに、援護射撃をしてくれたのが母でした。
「アッコの夢を叶えてあげてちょうだい。そうでなければ離婚します」
母はまさに良妻賢母で、頑固な昭和オヤジの父に、半歩下がって三つ指ついてというタイプ。父に盾突いたのはそれが初めてのことで、おかげで私は東京行きを許されました。
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source : 文藝春秋 2023年7月号